宇崎竜童 「アメリカかぶれしたガキ」が取り戻した母国愛 きっかけは昭和の歌姫の楽曲

[ 2025年10月25日 20:40 ]

宇崎竜童
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 ミュージシャンで俳優の宇崎竜童(79)が25日、ニッポン放送「とくモリ!歌謡サタデー」(土曜前5・00)にゲスト出演し、日本人であることを実感した楽曲について語った。

 「ダウン・タウン・ブギウギ・バンド」のメンバーとして「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」「サクセス」など数々のヒット曲を輩出。日本語ロックバンドの先駆けとして人気になった。

 そんな宇崎は少年時代、東京・代々木上原に住んでいたという。近所に米軍基地があり、周囲には駐留米兵も多い環境。文化的な影響も受けたという。「姉2人が7歳上と11歳上で、この2人が好んでFEN(米駐留軍用の英語ラジオ放送)ばっかり聴いているので、その横で僕も聴いていた。英語の曲ばっかり聴かされていた。アメリカかぶれしたガキだった」と振り返った。

 バンドを組んでからも、エルビス・プレスリーなど外国の音楽に影響を受けた活動だったが、ある日、出演を許されたホールで予想外のリクエストを受けたという。それは、まさかの昭和歌謡を演奏すること。後の大劇作家つかこうへいさんが仕切るステージだったといい、初日のテーマは美空ひばりさん。「何で俺たちが美空ひばりをやらなきゃいけないの?って。美空ひばりさんの存在はもちろん知ってましたけど、レコードなんか聴いたことなかった」。渡されたレコードを聴き、アレンジのアイデアを考えていると、思わぬことが起きたという。

 「どういうアレンジしようかな、仕事だから。何曲か聴いていたら、『リンゴ追分』が流れてきたんですよ。泣いてるんですね、俺が。よく分からない。何で俺、泣いてるのかなって」 

 子供のころから米国人や文化に心酔してきた宇崎。「子供のころ、“何であの人たちは青い目をしてるんだろう?背が高いんだろう?何で金髪なんだろう?俺は大人になったらあれになる”って決めたんです」。ところが、古き良き日本の歌と、伝説的歌姫の声に魅了されたのか、「(理由が)分からないのに、泣いちゃったから、俺、アメリカ人になれねえな。アメリカ人になるのをやめようと」と、思いを翻したことを明かしていた。

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