倒産、震災、コロナ… それでも止まらなかった鼓動――DuelJewelばるが語る、28年分の「継続という力」

[ 2025年10月11日 15:00 ]

【画像・写真2枚目】 「熱量がビリビリ伝わった」――DuelJewelばるが託した「Last train」の疾走と、ツアー初日に響いた覚醒の音
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  1997年の結成から28年を迎えた5人組ロックバンド「DuelJewel」(デュエルジュエル)。数々の試練を乗り越え、バンドの鼓動を支え続けてきたのがドラマー・ばるだ。東京・スポニチ本社で行ったソロインタビューでは、ドラムとの出会いから倒産、震災、コロナ禍を経て紡がれた歩み、そして「継続は力なり」という信念が語られた。(ヴィジュアル系特集取材班)

「熱量がビリビリ伝わった」――DuelJewelばるが託した「Last train」の疾走と、ツアー初日に響いた覚醒の音

 「ドラマーって、機材車の運転やスケジュール管理など、バンドの基盤を担う人が多いんです。自分の気質に合っているんだと思います」。リズムを絶やさず刻み続けること。その難しさと尊さを、ライブでも日常でも示してきた。

 最初の出会いは中学2年。父の意向で続けていたサッカー部をやめ、初めて自分の意思で選んだのがドラムだった。同級生とTHE BLUE HEARTSのコピーを始め、迷わずドラム一択。通販で買ったゴム製の練習パッドを叩き続け、1年後、友人に案内され、近くの小学校音楽室で初めて本物のドラムに触れた瞬間の衝撃はいまも鮮明だ。

 「『ゴムと全然違う!』って驚いた。純粋に楽しかった」

 高校時代には、のちに運命を共にするギター・Shunと出会う。同じクラスで、軽音楽部の説明会で見かけたのがきっかけだった。Shunの部屋には、棚にCDがびっしり。X JAPANやLUNA SEAなどヴィジュアル系のフロントランナーのスコアを次々と見せてくれて「あれを叩いてほしい、この曲を一緒にやろう」とCDを貸してくれた。そして、ドラムを叩いてるうちに、一気にヴィジュアル系の世界へ引き込まれた。

  「こいつとだったら本当にプロになれるかもしれない」。そう確信したのは高校3年。Shunらと結成したバンドが、後のDuelJewelの原型となった。

 2002年にベースのNatsukiが加入した頃、意識は大きく変わった。衣装や見た目まで含めて“V系”を名乗る以上、本気で挑まなければならない。そう覚悟を決め、「骨を埋める」と心に決めた。ちょうど次々と新世代のヴィジュアル系バンドがデビューし、シーン全体が熱気に包まれていた時代だった。

 28年を振り返る信念は明快だ。

 「継続は力なり、ですね。諦める勇気もあるけど、続ける方がずっと難しい」

 その言葉を裏付けるように、歩みには幾度も壁があった。かつて所属事務所の倒産でツアー費用を失い、独立後に挑んだ赤坂BLITZ公演の2日前には東日本大震災が発生した。「全てをそこに懸けていたのに、突然喪失感に襲われました。ライブも延期になって、2週間くらい家に引きこもっていました」

 しかし、その経験はのちのコロナ禍に生きる。「3.11では塞ぎ込んでしまった。でもコロナ禍では止まらないようにしようと。配信でドラムを叩いたり、小さな一歩でも続けることが大事だと思いました」

 倒産、震災、そしてコロナ。数えきれない困難が襲っても、鼓動は止まらなかった。「バンドは2016年に一度解散しています。自分がどれだけ続けたくても、(ボーカル)隼人の発声障害という抗えない問題があったから。でも隼人は克服して、またこうして戻ってきてくれた。あきらめる選択肢もあると思うし、それを選ぶ人の葛藤も理解できる。でも“続ける”を選ぶことは本当に難しいんです。同じ形を保ち続けるのは、どんな仕事でも容易じゃないと思います」

 28年間、鳴り響いてきたリズム。その音が途切れない限り、DuelJewelの物語も続いていく。めまぐるしく変化する時代の中で、同じ形を同じ仲間と守り続けることの難しさ、そして強さ。ばるが刻み続けるリズムは、ファン1人1人の人生にずっと鳴り響いている。

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