藤村志保さん逝く 86歳、12日に肺炎で 「太閤記」など大河多数出演 14年圧迫骨折で「官兵衛」降板

[ 2025年6月20日 04:30 ]

77年、「男はつらいよ」のマドンナになった藤村志保さんと渥美清さん
Photo By スポニチ

 大映の時代劇映画やNHK大河ドラマ「太閤記」などで活躍し、気品のある演技で親しまれた女優の藤村志保(ふじむら・しほ、本名静永操=しずなが・みさお)さんが12日、肺炎のため都内の病院で死去した。86歳。川崎市出身。葬儀は近親者で行った。喪主は夫静永純一(しずなが・じゅんいち)さん。お別れの会などは予定していない。

 事務所関係者によると今月初めに転倒し、検査入院。その後、体調を崩し、退院することなく亡くなった。最期は夫とめいにみとられて静かに旅立ったという。2014年のNHK大河「軍師官兵衛」でナレーションを務めたが放送開始前に背骨を圧迫骨折し、6話分を収録し降板。これが最後の仕事となった。

 1961年、大映京都撮影所の研究所に入所し、翌年、市川雷蔵さんの推薦で島崎藤村原作、市川崑監督の映画「破戒」のヒロイン・志保役で映画デビュー。原作者と役名から芸名を「藤村志保」とした。演技力が高く評価され、各種映画賞の新人賞を独占した。

 和服が似合い、日本人女性の凜(りん)とした美しさと可愛らしさを併せ持っていた。大映時代劇に欠かせない存在となり、大スターの市川雷蔵さんとは「斬る」「忍びの者」「眠狂四郎」シリーズなど、勝新太郎さんとは「破れ傘長庵」「座頭市」シリーズなどで共演。71年の大映倒産後は出演映画は減ったが、松竹「男はつらいよ 寅次郎頑張れ!」(77年)でマドンナを務めるなど存在感を示した。

 テレビでも活躍。65年にはNHK大河ドラマ「太閤記」で緒形拳さん扮する豊臣秀吉の妻ねねを演じた。大河は「三姉妹」(67年)「天と地と」(69年)「太平記」(91年)など7本に出演。連続テレビ小説も数多く出演した。

 83年に女優として初めて放送番組向上委員会委員に就任。85年には臓器移植の取材を基に著書「脳死をこえて」を書き上げ、第6回読売女性ヒューマン・ドキュメンタリー大賞を受賞。社会にメッセージを発した。

 藤村 志保(ふじむら・しほ、本名静永操=しずなが・みさお) 1939年(昭14)1月3日生まれ、川崎市出身。フェリス女学院高等部を卒業。98年毎日映画コンクール田中絹代賞、07年NHK放送文化賞、12年文化庁長官表彰などを受賞。

 ▼三田佳子(大河ドラマ「太閤記」で共演)1965年に放送された、大河ドラマ「太閤記」。私が23歳、藤村さんが25歳。淀君とねねとして共演した日が懐かしいです。その後、同じ病気を経験した藤村さんからの助言は私を勇気づけてくれました。いつも背筋を伸ばして凜としたあなたの芸風が好きでした。

 ▽圧迫骨折 上から頸椎(けいつい)、胸椎、腰椎と計24個連なる椎骨(背骨)が、上下方向の圧力でつぶれたように変形する骨折。骨がもろくなる骨粗しょう症との関連性も高く、高齢者がなりやすい。寝たきりの原因となることもある。転倒や尻もちをついて受傷する場合や、くしゃみ、物を持ち上げるなどの動作がストレスになり発症することもある。一般的治療はコルセットなどを装着して安静にする。

この記事のフォト

「藤村志保」特集記事

「美脚」特集記事

芸能の2025年6月20日のニュース

広告なしで読む