岩下志麻 2人の58年間…「今はただ、悲しみと喪失の思いで胸がいっぱいです」篠田正浩さん悲報から一夜

[ 2025年3月29日 04:30 ]

03年、映画の舞台あいさつで、岩下志麻の右手にキスする篠田正浩さん
Photo By スポニチ

 「心中天網島」「少年時代」など数多くの名作を残し、25日に肺炎のため94歳で永眠した映画監督の篠田正浩さんの妻で女優の岩下志麻(84)が28日、「今の私があるのは本当に篠田のおかげだと思っています」と松竹を通して悲しみのコメントを寄せた。手を取り合って映画作りに取り組んだ同志のような夫婦。最愛の人への感謝の思いがにじんだ。

 映画界でも屈指のおしどり夫婦として知られた夫婦。「58年間人生を共にしてまいりましたので、今はただ、悲しみと喪失の思いで胸がいっぱいです」の言葉が無念さを物語る。

 1964年公開の「暗殺」がきっかけで交際を始め、67年3月に結婚。早大時代に箱根駅伝を走ったスポーツマンで、爽やかな篠田監督に、どちらかといえば岩下の方がぞっこんだった。

 関係者によれば、悲報が流れた27日、「しっかり取材に対応しなければ」と岩下はコメントを出す気でいたが、ショックが大き過ぎて出せなかった経緯があった。一夜明けて気持ちを奮い立たせて筆を執った。

 「この4年間パーキンソン病と闘いながらどうにか日常生活に支障はなく生活しておりましたが、今年1月に転倒して骨折をしてしまい、また3月に肺炎になりついに力尽きてしまいました」

 闘病のために監督の仕事部屋を2階から1階に移すなど、自宅を改装してまで献身的な介護を続けただけに、悔しさもひとしお。妻としての務めを全うする一方で、女優としても監督へのあふれる思いを文書に託した。

 「篠田と出会ったことによってたくさんの作品でいろいろな役を演じることができました。今の私があるのは本当に篠田のおかげだと思っております。篠田が“僕たちは映画という魔物に取りつかれて2人で魔物退治をやってきたようなもの”と申しておりましたが、そんな篠田に今は感謝の言葉しかありません」

 65年に松竹を退社し、67年に独立プロダクション「表現社」を設立した監督と共に歩いた映画道。「心中天網島」「瀬戸内少年野球団」「鑓の権三」「少年時代」「写楽」、そして遺作となった「スパイ・ゾルゲ」と、それらの作品が岩下の頭の中を駆け巡っているに違いない。後日、お別れの会が予定されている。

 ≪加賀まりこ17歳思い出し…「女優やってなかったかも」≫
 スクリーンデビュー作「涙を、獅子のたて髪に」(1962年)をはじめ「乾いた花」(64年)などの篠田作品に出演した加賀まりこ(81)は「篠田さんと寺山修司さんに路上で声をかけられていなかったら、女優をやってなかったかもしれない」と振り返った。17歳の時の出来事だ。

 動作が緩慢になったりする難病のパーキンソン病と闘っていた篠田監督。加賀も昨年、同じ病を患っていた兄を92歳で亡くしている。「このご時世で、いまだ治療法が見つかっていない病気。篠田監督もつらかったと思いますよ」としのんだ。

続きを表示

この記事のフォト

「篠田正浩」特集記事

「美脚」特集記事

芸能の2025年3月29日のニュース