紅白出場バンド メジャーデビュー当時の驚愕給料を暴露「これで俺らもプロだと思ったら…」

[ 2025年3月9日 23:04 ]

2004年、1日限りの再結成を果たした「爆風スランプ」の(左から)バーベQ和佐田、サンプラザ中野、パッパラー河合、ファンキー末吉
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 ロックバンド「爆風スランプ」のサンプラザ中野くん(64)が、9日放送のBS-TBS「X年後の関係者たち~あのムーブメントの舞台裏~バンドブーム2時間SP」(後9・00)に出演し、デビュー当時の苦労話を語った。

 テーマは1980年代後半から90年代にかけて起こったバンドブーム。中野くんのほか、「爆風スランプ」パッパラー河合、「プリンセス プリンセス」富田京子、「BARBEE BOYS」杏子、「GO-BANG’S(ゴーバンズ)」森若香織、「PERSONZ」JILL、「筋肉少女帯」大槻ケンヂと、当時のブームを支えた人気バンドのメンバーたちが出演した。

 苦労話のトークでは、中野くんがさっそうと手を挙げた。「爆風スランプは、デビュー時のお給料が2万円でした、月。どうだ!」と、河合と顔を見合わせて明かした。バンドは84年にメジャーデビューしたものの、88年にリリースした「Runner」が大ヒットし、NHK紅白歌合戦に出場するまで約4年の歳月を要した。

 河合も「82年くらいから事務所に雇われたんですよ。“やった、これで俺らもプロだ”と思ったら、給料2万。2年くらいは2万。デビューするまでは」。当時のサラリーマンと比べても、ゼロが一つ少ないレベルの薄給だった。

 すると、ここで出演者たちによるギャラ暴露合戦になっていった。JILLは「インディーズ時代に5万でした。だけどバンス(アドバンス=機材代の前払い)をするから。ドラムの人なんか、全部バンスでなくなる」と告白した。大槻は「勝ちました。僕、3万でした」と、爆風スランプの2人に“勝利宣言”。しかし、大槻がデビューしたのが、ブームまっただ中の88年だったこともあり、河合から「88年で3万は安いよ」と指摘されていた。

 大槻は「ちょこっと売れてきた時に、“もうちょっともらってもいいんじゃないですか?”って言ったら、5倍くらいに上がった。その後も適当で、“これ、もうちょっともらえないの?”って話したら、じゃあ…ってちょっとずつ上がるという」と明かし、一同から驚きの声が上がっていた。

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