大泉洋 宴会のカラオケ大会で西田さんから“重圧アシスト依頼”「いやいやいやいや…お茶濁した覚えが」

[ 2025年2月18日 20:03 ]

<西田敏行さん お別れの会>西田敏行さんの遺影(撮影・松永 柊斗)
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 俳優の大泉洋(51)が、18日放送のテレビ朝日系「ありがとう西田敏行さん~不世出の盟友 安らかに…~」(後6・30)に出演し、共演作でのエピソードを明かした。

 この日、都内でお別れの会が開かれた、西田さんをしのぶ追悼特番。大泉は最近では22年放送のNHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」で共演。古くは06年公開の映画「釣りバカ日誌17 あとは能登なれハマとなれ!」でも顔を合わせている。

 当時33歳だった大泉が、ロケを回想した。「石川県での撮影でしたけど、毎晩、旅館の宴会場で始まるんですよ。みんなでご飯食べて、何となく後半になってくると、ホテルの方がそーっと…。カラオケの機材が入ってくるんですよね」。宴会場で食事の後、カラオケ大会になったという。

 「(片岡)鶴太郎さんが入られていましたから、僕より先に鶴太郎さんにマイクが回ったんですよね。鶴太郎さんが小林旭か何かのものまねで、とんでもない歌を歌って、大盛り上がりなんですよね」

 宴も盛り上がったころ、ついに大泉にもカラオケの順番が回ってきたという。「すげえ会だなと思っているところに、私のところにカラオケ本が回ってきて、“この後、西田の『もしもピアノが弾けたなら』につなげて下さい”って」。主役への重要なアシストを託された大泉だったが、「いやいやいやいや…」と恐縮。「私は北海道の力を借りるしかないと思って、松山千春さんの『大空と大地の中で』を歌って、お茶を濁した覚えがありますよ」と打ち明けた。

 最後に西田さんがカラオケを歌う番に。大泉は「“『もしもピアノが弾けたなら』につなげて下さい”って言われてたんだけど、その時『ラヴ・ミー・テンダー』を歌われてました」と明かし、「『もしも―』じゃねえじゃねえか!」と、天国の西田さんにツッコミを入れていた。

 西田さんは47年(昭22)11月4日、福島県出身。67年にTBSドラマ「渥美清の泣いてたまるか」で俳優デビュー。70年に劇団青年座座員となった。主な出演作はドラマ「西遊記」「池中玄太80キロ」、「ドクターX」、映画「敦煌」「ゲロッパ!」など。「釣りバカ日誌」シリーズは88~09年まで22作に主演。歌手として「もしもピアノが弾けたなら」などでNHK紅白歌合戦に4回出場。08年紫綬褒章を受章した。

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