最愛の妻と生前に約束…新沼謙治「自立します」

[ 2011年9月18日 06:00 ]

涙は見せず、終始笑顔で会見した新沼謙治

 歌手新沼謙治(55)の妻で、7日に肺がんのため死去した元バドミントン世界女王の新沼博江さん(享年62)=旧名・湯木博恵=の通夜が17日、東京都大田区の臨海斎場で営まれた。バドミントン関係者や芸能関係者ら約1200人が参列。喪主を務めた新沼は仕事で最期をみとれず「そばにいられなかったのはつらかった」と胸中を明かした。

 祭壇の遺影の両側には、優勝した75年全英オープンの試合中の写真などが置かれた。バドミントンを通じて出会った新沼は「思い出はやはりバドミントン。“湯木先生”と呼んでましたから。年も上で教わったことも多い。ワガママでやんちゃな僕を放っておけなかったんです」と振り返った。

 昨年11月に首元に腫瘍を2つ発見。このうちの1つが悪性で、肝臓などに転移した。今月6日に都内の病院に入院。7日は山形で昼夜2公演があり、昼公演前に病室にいた長女の携帯を枕元に置き、博江さんに聞こえるように「ありがとうと何度も言って、でも、頑張ってとも言いました」。だが、公演中に帰らぬ人となり、夜公演との合間の休憩時に悲報に接した。

 「2回目(夜公演)では(顔が)くしゃくしゃになっちゃって。僕、あまり泣かないんですけど。次の日も歌ってたら歌詞が響いてきて、重いんだなって思いました」と、77年のヒット曲「ヘッド・ライト」を歌唱中に涙が止まらなかったことを明かした。

 妻として母として「子どものことに120%。自分にも120%。行動力のある人でした」と語り、涙をこらえた。生前には、葬儀会場や装束を自分で決めて遺書のように書き残していた。「もっとゴルフがやりたかったようで、石川遼くんのような赤いゴルフウエアを着せました」。夫に対しては「自立してください」とあり、新沼は「自立します」と天を仰いだ。

 祭壇には全英を4度制した功績を称えられて世界バドミントン連盟から贈られた「永久杯」、花とともにバドミントンのシャトルが飾られ、棺には新沼と2人の子供が書いた手紙やお守りが納められた。戒名は「羽鏡院謙室博翔大姉(うきょういんけんしつはくしょうだいし)」。バドミントンで輝かしい功績を残し、結婚後は内助の功として家庭を支えたことを表したという。「羽」の字を使うことは新沼が希望した。

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