PFPトップ選考の舞台裏 常にインパクトの大きい勝ち方 尚弥こそ世界最高にふさわしい
日本人初のボクシング3団体統一王者、井上尚弥(29=大橋)が世界最強の称号を手にした。米国で最も権威のある専門誌リングマガジンは10日、全階級を通じた最強ランキング「パウンド・フォー・パウンド(PFP)」の最新版を発表。WBA&WBC&IBF統一世界バンタム級王者の井上が前回の3位から日本人初となる1位に輝いた。同誌でランキング選定委員を務めるスポーツライターでスポニチ本紙通信員の杉浦大介氏(46)が、選考過程やPFP1位の価値を解説した。
2019年秋以降、私は伝統あるリングマガジンのランキング選定委員(パネリスト)を務めてきたが、今回のPFPランキング選考はこれまででも最高と思えるほどの大接戦だった。まずイギリスに本拠地を置く2人のパネリストが井上を前週までの3位から1位に推薦したことでスタートし、私も同意。その後、井上が2位のテレンス・クロフォード(アメリカ)を凌駕(りょうが)することは誰もがすぐに納得したものの、クルーザー級4団体統一後にヘビー級制覇という偉業を成し遂げたオレクサンデル・ウシク(ウクライナ)の1位キープを推すパネリストも少なくなかった。一時はパネリストの投票が4―4と並び、議論は白熱。最後は当初答えを保留していたダグラス・フィッシャー編集長が井上に1票を投じることで、実に3日間に及んだメールによる選定会議はついに終わった。
9日、一般公開よりも一足先に編集人のトム・グレイ氏から「井上1位」を告げられた時、同国人ボクサーの快挙に胸が高なったことは否定しない。ただ、日本人ゆえに井上に忖度(そんたく)したわけではない。パンデミック中こそやむを得ぬ事情で対戦相手の質が落ちたものの、プロデビュー以降の井上は常に上質な相手を圧倒してきた。今回、39歳になったとはいえ、将来の殿堂入りも確実な軽量級のスーパースター、ノニト・ドネア(フィリピン)を2回でKOし、キャリア最悪の惨敗を味わわせた強さは見事だった。
3つのベルトがかかった統一戦で、レジェンド相手にこれほどの勝ち方ができる選手は他に存在しない。すべて敵地で戦ってクルーザー級&ヘビー級を制覇したウシクのレジュメももちろん素晴らしいものの、ウシクの戦歴の中にはドネア、オマール・ナルバエス(アルゼンチン)級の実績を誇る選手への勝利は存在しないこと、井上は世界戦でよりインパクトの大きな形での勝利を挙げてきたことなどから、井上こそが現在世界最高のボクサーではないかと考えるようになったのだった。
欧米ではこのPFPづくりが人気で、多くの主要媒体が独自のランキングを発表している。最近のボクシングでは階級が細分化され、世界タイトル認定団体も増えて強さの序列がわかりにくくなった中で、全階級を通じて最も優秀なボクサーを選ぶという作業はファンの心をつかむのだろう。PFPでトップ10に入るとみなされたボクサーは一定の価値を認められ、多くの選手がそれを目標に掲げる。“現役最高のボクサー”である1位の選手は特別なリスペクトを得る。
中でも創刊100年の歴史を誇る専門誌リングマガジンのランキングは、雑誌の権威の高さがゆえに最も価値があるとみなされていた。リングマガジンのランキングは有識者投票による単なるポイント計算ではなく、オンライン上で議論がなされた上で投票という流れで決定される。チェーンメールによる意見交換の中で、パネリストたちは議論し、主張、順位を変えることもある。この民主主義的なやり方で決定されるランキングで、近年ではフロイド・メイウェザー(アメリカ)、マニー・パッキャオ(フィリピン)、ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)、サウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)といった各国の英雄たちが1位に立ってきた。このランキングで井上が日本人ボクサーとしては初めて1位を獲得したことで、また新たな歴史が生まれたのだろう。
今後、世界のどこで戦うことになろうと、井上の紹介時にはPFPのNo・1ボクサーという形容が加えられる。アメリカのリングでも“現役最高の選手”として売り出されることになる。他のトップボクサーの動向次第で近日中にまた順位が変わる可能性も十分あるが、一度でも1位に立ったという実績は消えない。欧米では評価が低いとされる軽量級ではフライ級時代のローマン・ゴンサレス(ニカラグア/帝拳)以来、久々にこの偉業を成し遂げたことで、井上のキャリアに大きな勲章が加わったことは間違いない。
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