【駒田徳広 我が道11】神懸かっていた初打席満塁弾 試合後にメンバー表渡され…時効だからいいかな

[ 2026年5月12日 07:00 ]

プロ初打席、4球目のカーブを捉え、右翼席に飛び込む打球の行方を見つめる
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 初めて1軍キャンプに参加した1983年(昭58)はそのままオープン戦に連れていってもらった。代打でちょこちょこヒットを打って、3月20日の阪急(現オリックス)戦(岡山)で初めて先発出場。7番・一塁に入って3安打を放った。

 続く22日の阪神戦(甲子園)もスタメン。初めて訪れた憧れの球場で、先発は江川卓さんと小林繁さんの両エース。写真を撮って帰りたかった。この試合で小林さんから右翼線二塁打。オープン戦通算15打数7安打、打率・467をマークするのだが、この二塁打が開幕1軍につながったと思っている。

 そして4月10日、開幕第2戦の大洋(現DeNA)戦(後楽園)を迎える。練習中に中畑清さんがケガされたのは知っていたが、まさか自分に代役が回ってくるとは…。試合前のミーティングで助監督の王貞治さんから「お前だぞ」と言われた。

 大洋の先発は右田一彦さん。前年イースタン・リーグで放った7本塁打中3本を打った右腕だ。シートノックが終わって王さんに「大丈夫か?」というようなことを聞かれた。生意気にもその数字を出して「大丈夫です」と答えたら「そうか。じゃあ期待できるな」と言われた。プロ初先発の右田さんも私と同じくらい緊張している。チャンスはあると思った。

 初打席は初回2点を先制し、なお1死満塁で巡ってきた。前打者の淡口憲治さんは一、二塁から右翼フェンスを直撃。異名通り超音速「コンコルド」の打球で、二塁走者の原辰徳さんが本塁へ還ってこられなかった。

 中畑さんには申し訳ないが、レギュラー選手のケガ、相手投手が2軍で何度も対戦している右田さん、そして満塁になったシチュエーション。神懸かった条件が重なって運命の舞台が整ったのだ。

 1ボール2ストライクからの4球目、カーブだった。ちょっと泳ぎ気味だったが、うまく拾えた。入団1年目の81年6月、初めて後楽園で試合をしたイースタンの日本ハム戦で下手投げの宇田東植(とうしょく)さんから同じ方向にホームランを打っている。距離は足りると思った。

 右翼席へ飛び込むプロ野球史上初の初打席満塁本塁打。次の打席もタイムリーを放って4打数3安打6打点。1試合6打点はその後もう一度あるが、引退するまで超えられなかった。

 試合後、巨人OBの関本四十四さんが「これ珍しいから持っとけよ」と言ってメンバー表をくれた。6、7番のところに3本線が引かれ、6番は7番のところにあった「9淡口」が上がり、7番には「3駒田」が入っていた。

 もう時効だからいいかな。この満塁弾で入ってきた賞金やインタビューの謝礼がキャッシュで44万円。当時の年俸は324万円、月額税込みで27万円だった。プロは頑張れば、お金が降ってくるんだと思った。

 ◇駒田 徳広(こまだ・のりひろ)1962年(昭37)9月14日生まれ、奈良県三宅村(現三宅町)出身の63歳。桜井商から80年ドラフト2位で巨人入団。3年目の83年にプロ野球史上初となる初打席満塁本塁打の衝撃デビューを飾る。93年オフにFAで横浜(現DeNA)へ移籍。通算2006安打。満塁機は打率.332、200打点とよく打ち、満塁弾13本は歴代5位タイ。一塁手としてゴールデングラブ賞10回。

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