駒田徳広氏が見せつけられた王貞治という人間の大きさ “荒川道場”を逃げ出した若手の自分のために

[ 2026年1月22日 18:43 ]

駒田徳広氏
Photo By スポニチ

 昨季限りで巨人3軍監督を退任した駒田徳広氏(63)が20日に放送されたBSフジ「プロ野球 レジェン堂」(火曜後10・00)にゲスト出演。“荒川道場”を逃げ出した際に王貞治監督からかけられた言葉を明かした。

 桜井商(奈良)から1980年ドラフト2位で巨人入り。プロ3年目の1983年4月10日に行われた大洋(現DeNA)戦(後楽園)で「7番・一塁」に入って初出場初先発を果たすと、初打席で満塁アーチを放った。プロ野球史上初の快挙だった。

 そして、翌年の1984年にそれまで助監督だった王貞治氏が監督に就任。駒田に大きな期待を寄せた王監督は、自身の現役時代に二人三脚で一本足打法を完成させた師匠・荒川博氏に駒田を預ける。駒田にも一本足打法を…という考えだった。

 だが…。

 「マネジャーの車に乗って、西神田の入口の手前で王さんの車に移って、荒川さんのところまで行って“お願いします”ってことで、僕の地獄が始まったっていう…。地獄でした」

 荒川氏は王貞治を育て上げた時と同じように日本刀を駒田に握らせ「“自分の足を叩き切るような(つもりで)ダウンで振り下ろせ”って。仕方なくターン!ってやったら、短冊(状態)の新聞紙を切るんですけど、それ切れなくて自分の足の30センチぐらいの(距離しかない)畳にズバーン!と日本刀が刺さって。俺足ついてて良かったなって、いまだにね」。

 「一番帰してくれなかった時は(朝の)4時半回ってて(空が)明るかった。王さんはやったんだ!っていつも言われてましたけど、やっぱり…。王さんは3年だけど、僕1年だから3分の1ぐらいの成績しか残せなかったってことですよね」

 結局、一本足打法はものにできず、断念。それを2軍遠征先の鴨川で新聞記者に話すと、翌日には紙面に掲載された。「朝から新聞見た王監督がこれはどういうことなんだ!とメチャ怒っているらしい、と。どうしよう、と。逃げるわけにもいかないし」。

 意を決して王監督と対面。「最初におっしゃった言葉が“これは自分で決めたことか?”って。“はい”って言いました。そしたら“分かった。じゃあ、しっかり練習して自分なりに頑張ってやってみろ。ただな、荒川さんのところに行ってる時ぐらいの練習を自分一人ではできないようだと、練習が嫌だったからやめたってことになるぞ。自分で決めたんだったら頑張れ”って…」。王貞治という人間の器の大きさをまざまざと見せつけられた。

 さらに「あとで僕、聞いたんですけども。そのあと、荒川さんのところに(王監督が)お詫びに行かれたって…」と駒田氏。「最終的には王さんの時代にレギュラーにしていただいたんですけども…。そういう気持ちは一生あるから、ちゃんとやり通すことができなかったって気持ちはある」と神妙な顔で振り返っていた。
 

続きを表示

この記事のフォト

「巨人」特集記事

「大谷翔平」特集記事

野球の2026年1月22日のニュース