松井秀喜氏が長嶋茂雄さんへ「お別れの言葉」 「感謝」と「お願い」伝えた ドラフト会議から丸33年

[ 2025年11月21日 10:47 ]

お別れの言葉を述べる松井秀喜さん
Photo By 代表撮影

 6月3日に89歳で死去した巨人長嶋茂雄終身名誉監督のお別れの会「ミスタージャイアンツ 長嶋茂雄 お別れの会」が21日、東京ドームで開催された。巨人、ヤンキースなどで活躍した愛弟子の松井秀喜氏(50)が、お別れの言葉を述べた。

 「監督。監督へのお別れの言葉2回目です。同じ方にお別れの言葉を2回お伝えするのは、私の人生でこれが最初で最後だと思います。それも長嶋茂雄だからですね。今日は監督が最も愛した場所、東京ドームです。隣にあった後楽園球場、この東京ドームには監督の色々な感情が今でも刻み込まれており、ここにいるとそれを感じ、また監督に会えたような気がして嬉しいです」と笑顔で語りかけた。

 「監督が遠い空へ旅立たれ、半年が過ぎようとしています。その日以来、私は監督と共に過ごした時間の記憶をたどる日々を過ごしてまいりました。色々な場面での監督の表情、眼差し、言葉を思い出し、監督にもう会うこともお話しすることも叶わない現実を受け入れ、自分自身の気持ちを整理するための時間でした。そして本日、東京ドームでお別れの会を迎えています」と語り、「監督は1992年の秋、ジャイアンツ復帰されました。当時の背番号は33番でしたね。その直後、本日と同じ11月21日に行われましたドラフト会議で、私をジャイアンツに導いてくださいました。あの日からちょうど33年後の今日、監督が私の守備位置として指定し、私がいつも守っていましたこの東京ドームのセンターで、今、監督にお別れの言葉をお伝えしています。そんないくつかの偶然さえも、自然の運命なのではないかと感じるほど、監督とのご縁はかけがえのないものであり、私の野球人生に多大な影響を与えてくださいました。野球選手としての正しい道を示し、その道を明るく照らし、力強く導いてくださいました」と話した。

 「長嶋茂雄の存在は大きすぎます。私は今でもその背中を遠くから眺めているだけです。監督の告別式では、監督に感謝の意をお伝えすることができませんでした。お伝えすると、あっという間に監督が遠くに行ってしまうような気がしたからです。しかし、今日はあのドラフト会議の日からちょうど33年。私自身の気持ちに区切りをつけるためにもお伝えします」とし、次々に感謝の言葉を述べた。「私をジャイアンツに導いてくださりありがとうございました。大きな愛情と情熱で接していただき、たくさんのことを授けてくださりありがとうございました。胸を張って自分の師は長嶋茂雄だと言える幸せをありがとうございました。監督によって私の野球人生は美しく彩られました。ありがとうございました。まだまだ伝えきれない感謝がたくさんあります」と話した。

 さらに続けた。「それでも、この期に及んでまだお願いがあります」と話し始め「私の心の中に入り込み、私との対話に付き合ってくださればうれしいです。私は自分の心の中の長嶋茂雄と話し合いながら、私なりの道を進んでまいります。今後もよろしくお願いします。そして、これからも長嶋茂雄しか持っていない偉大な光で、ジャイアンツと日本の野球の未来を照らし続けてください」と締めくくった。

 松井氏はニューヨークから緊急帰国し、6月4日に長嶋さんの自宅を弔問した。同8日の葬儀・告別式では弔辞で「監督、今日は素振りないですよね?その目を見ていると“バット持ってこい。今からやるぞ”と言われそうでドキッとします。でも、今はその声を聞きたいです」と静かに語りかけていた。

 92年11月21日のドラフト会議。長嶋監督が1位指名した松井氏をくじで引き当て、満面の笑みで右手でサムズアップポーズをしてから師弟関係が始まった。2人だけの大切な「会話」となった素振り。「私は長嶋茂雄から逃げられません。これからもそうです。それが私の幸せです。今度は、私が監督を逃がしません」と覚悟を伝えていた。

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