【高校野球】岩倉の“孝行球児”佐竹 巨人テスト受け、ガン闘病中の父の前で快投「お父さんを甲子園に」

[ 2025年7月12日 05:00 ]

第107回全国高校野球選手権 東東京大会2回戦   岩倉29-0田園調布 ( 2025年7月11日    大田 )

<田園調布・岩倉>岩倉2番手の佐竹(撮影・大城 有生希)
Photo By スポニチ

 第107回全国高校野球選手権大会(8月5日開幕、甲子園)の地方大会は11日、28大会で243試合(継続試合含む)が行われた。東東京大会では今秋のドラフト候補で最速145キロ右腕の岩倉・佐竹翔太投手(3年)が、初戦の田園調布戦で救援登板。1回を3者凡退で5回コールド勝利に貢献した。巨人の入団テストを受けた経験がある父・巧さん(58)は、下咽頭がんで闘病中。父が観戦する前で勇気の完全投球だった。

 この夏初めての出番は24―0と大量リードの3回だった。佐竹が、ドジャース・佐々木のように左足を高く上げ、全身を使って腕を振る。悠然と力強く大田スタジアムを支配した。

 「この冬やってきたことが出るのが夏。いい感覚で投げられたと思う」

 先頭を空振り三振に仕留めると、捕邪飛、遊ゴロで3者凡退。内容の濃い9球で無失点に抑え、5回コールド勝ちに貢献した。シードだった昨夏は初戦の3回戦で二松学舎大付に敗戦。タイブレークの延長10回に満塁弾を浴びた。悔しさを胸に体幹を鍛え「軸づくりをした」と体重は5キロ増え、昨秋は130キロ台後半だった球速が145キロへアップした。

 背番号10も確かな成長を見せた9球。スタンドで満足そうに見ていたのが父・巧さんだ。「いつも“マウンドさばきを大切にしろ”と言っている。落ち着いて、自分の雰囲気をつくっていたね」。かつてプロを目指した父ならではの熱い言葉だった。

 巧さんは小松原(現・叡明=埼玉)を卒業後、クラブチームでプレー。その後、プロ入りを夢見て、巨人の第2次長嶋政権1年目だった93年宮崎キャンプに左投手の練習生として参加した。背番号のないユニホームで、早出特打では当時4番だった原辰徳(前巨人監督)に投げたこともある。「君、名前は?何年目?」。長嶋監督に名前を覚えてもらえず、そう声をかけられたのもいい思い出。ただ、左肩を痛めたこともありプロ入りはかなわず。あれから32年。息子に夢を重ね合わせている。

 東京・四谷で居酒屋を営む父は今、病と闘っている。昨年治療した下咽頭がんが再発し、この夏に手術を受ける。だから、佐竹は負けられない。「自分が抑えて、お父さんを甲子園に連れて行きたい」。猛暑も一休みの東京。佐竹父子の熱い夏が幕を開けた。 (秋村 誠人)

 ◇佐竹 翔太(さたけ・しょうた)2007年(平19)6月15日生まれ、東京都新宿区出身の18歳。四谷小では四谷外苑ユナイテッド、四谷中では新宿牛込ベースボールクラブに所属。岩倉では1年秋からベンチ入り。50メートル走6秒9、遠投100メートル。憧れの選手はオリックス・吉田。1メートル80、72キロ。右投げ右打ち。

続きを表示

この記事のフォト

「巨人」特集記事

「大谷翔平」特集記事

野球の2025年7月12日のニュース