【内田雅也の追球】1死二、三塁の優位

[ 2025年7月9日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神6-1広島 ( 2025年7月8日    マツダスタジアム )

<広・神(13)>5回、森下は二盗を決める(撮影・北條 貴史)
Photo By スポニチ

 1死二、三塁は絶好機である。1死一、三塁で攻める戦略もあるが、併殺の落とし穴がある。

 打者は併殺打を避けたい。このためゴロにならず外飛(犠飛)での得点も狙えるフライボールを打つ姿勢が穏当だろう。

 ところが1死二、三塁ならば併殺はない。打者は思いきって打てる。精神的に優位になる。

 この夜、阪神が1回表に佐藤輝明、5回表に大山悠輔が放った2点適時打は、いずれも1死二、三塁、相手内野陣は前進守備の時だった。

 つまり一、三塁ではなく、二、三塁にしたお膳立てが大きな意味を持っていた。いずれも森下翔太の好走があった。

 1回表は1死一塁で森下がフルカウントから四球。4ボール目が暴投となり、森下は懸命に走った。ランエンドヒットの形で走っていた一塁走者・中野拓夢は二塁を蹴り三塁へ、森下も一塁を蹴り二塁を奪ったのだ。

 直後、佐藤輝はいきなり3ボールとなり、四球も頭に浮かんだろうか。金本知憲が現役時代「勝負か、敬遠ぎみか、分からん時が困った」と話していた。結局は勝負で、フルカウントから先発左腕・床田寛樹のカッターをたたき、前進の二遊間をゴロで破った。中前へ先制の2点打となった。

 大山の場合、打席に入った時点では1死一、三塁だったが、森下が初球に二盗を決め、二、三塁とした。内野陣は前進してきた。岡本駿の内角シュートを引っ張り、三塁線をライナーで破った。2点二塁打となった。

 前監督、現オーナー付顧問の岡田彰布がまだ2軍監督当時、若い打者たちに諭した。「プロの投手は走者三塁で簡単に外野フライを打てるような球を投げてこない。低めを突いてくる。ならば、それを狙って、強い打球で内野手の間を抜け」

 まさに、この夜の佐藤輝、大山の打球である。大山は7回表1死三塁でも二遊間をゴロで抜く適時打を放った。6点中5点をこの2人が走者三塁時にあげたのだった。

 この日は2003年、早々とマジックナンバー(49)を点灯させた日である。今季も首位快走でマジックが話題にのぼる。当時監督の星野仙一は著書『闘将日記』(実業之日本社)で<7月8日 M点灯! でも“秒読み”と思ったら大間違い>と手綱を締めていた。今の監督・藤川球児も「今日勝って、また明日に向かうだけ」と平然としていた。 =敬称略=
 (編集委員)

「阪神」特集記事

「大谷翔平」特集記事

野球の2025年7月9日のニュース