カーショーという男 黒田博樹氏が絶賛した若き日の姿勢「日本の20代とは違うなと」

[ 2025年7月4日 01:30 ]

インターリーグ   ドジャース 5―4 ホワイトソックス ( 2025年7月2日    ロサンゼルス )

試合を観戦するドジャース・黒田博樹投手(右)とクレイトン・カーショー投手 (2008年撮影)
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 2008年、カーショーが20歳でメジャーデビューした年、MLBでは1シーズン200イニング以上を毎年のように投げることがチームのエース、ないしは先発2番手にとっては普通の目標だった。だが現在では、先発投手の役割は著しく変わった。200イニングを超えることは珍しく、21年はMLB全体で4人、22年は8人、23年は5人、24年は4人となっている。カーショーは先発が長いイニングを投げるのが普通だった世代の最後の生き残り。ゆえに200勝、3000奪三振を達成したが、米メディアはひょっとしたらこの大台に到達できるのはカーショーが最後かもと指摘している。

 カーショーにとって、ルーキーだった2008年に黒田博樹氏に巡り合えたことは幸運だったと、当時取材していた立場から思っている。その年のカーショーは高卒3年目の若手有望株で、メジャーキャンプに招待され、開幕後はシーズン中のどこかのタイミングで昇格、メジャーデビューする予定だった。そこで当時のジョー・トーリ監督はオープン戦では、「先発・黒田」と「2番手・カーショー」を常にセットで起用。ゆえに遠征でも一緒で、33歳と20歳はひと回り以上も年齢が違ったが、自然にキャッチボールのパートナーになるなど絆を深めていった。カーショーは才能あふれた若者だったが、体のケアや、プロアスリートとしての心構えなどを、日本から来たベテランに多くを教わった。黒田氏が振り返る。

 「当時のドジャースにはベテランが結構いて、カーショーは遠慮してほとんどトレーナー室にも入ってこなかった。その時に今は若いからいいけど、ケアをしっかりして疲れを取らないと。交代浴(熱い風呂と冷たい風呂に交互に入る)だけでもやったほうが全然違うよなどとアドバイスしました」。

 一方で黒田氏も若きカーショーの先を見る姿勢に感心した。「初めてキャッチボールをした時、ボールの質の高さに衝撃を受けたんです。中でもカーブで、1回止まって、真下に落ちる感じ。ところがそれだけのカーブがあるのにスライダーを習得すると言う。僕は反対したんです。投げ方が変わってしまうと。ところがそのスライダーでばんばん三振を取る。まっすぐの軌道で入ってくるので、打者はまっすぐのタイミングでボール球を振ってしまう。普通20歳ちょっとでカーブである程度抑えられれば、このままで勝てると満足する。なのに先を見ていた。日本の20代とは違うなと」。

 黒田氏とカーショーが一緒だったのは4年間。23歳になるまでにカーショーはメジャートップの投手に成長した。「今、メジャーで最高の投手はカーショーですよ。ボールの隠し方とか、トータルに素晴らしい」と36歳の黒田氏が絶賛していたのを思い出す。21勝5敗、防御率2・28、233回1/3を投げ248奪三振の好成績で、初めてのサイ・ヤング賞に選ばれたのがその4年目の2011年だった。(奥田 秀樹通信員)

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