槙原寛己氏が明かす 「10・8」舞台裏とFA残留の後日談 一生忘れない「俺には全部分かっていたんだ」

[ 2025年6月8日 05:25 ]

FA宣言していた槙原の自宅に長嶋監督がバラの花束を持って訪問
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 長嶋茂雄さん自ら「国民的行事」と称した「10・8決戦」。94年10月8日の最終戦、同率首位の中日を下して4年ぶりのリーグ優勝を果たした。その直前のミーティングで長嶋監督が「勝つ、勝つ、勝~つ!」とチームを鼓舞したのは語り草だ。その中日との決戦に先発した槙原寛己氏(61=本紙評論家)が舞台裏を語った。

 31年前。今でも克明に記憶している。ナゴヤ球場に出発する直前、名古屋市内のホテルでのミーティング。決戦を前にした長嶋監督の熱い言葉に選手は顔を真っ赤にし、自然と気持ちが高ぶった。

 「俺たちは勝つ!勝つ!勝~つ!」。あの勇ましさは忘れられない。ミスターの気迫が乗り移ったかのようにチームは一丸となり、「おおっ!」「いくぞ!」と誰もが大声を出した。えも言われぬ高揚感。自分の野球人生であんなミーティングは記憶にない。凄い勇気をもらって球場に向かったことを今でも鮮明に覚えている。

 もう一つ、長嶋監督が何度も繰り返したのが「責任は全部俺が取る。お前らは何も考えなくていい」との言葉だ。私も含め選手はみんな不安そうな顔をしていた。プレッシャーを取り除くためだったと思うが、同時に「監督、負けたら辞める気では…」と感じた。勝てば優勝、敗れれば2位。乾坤一擲(けんこんいってき)の勝負に懸ける純粋な思い、潔さのようなものがひしひしと伝わってきた。

 試合は私が先発し、2番手が斎藤雅樹、3番手が桑田真澄。当時の「先発3本柱」で、前日に長嶋監督に呼ばれた時に「この3人で1年間戦ってきたんだ。お前らで完結させる」と言われた。2人が後ろに控えている安心感と、ミスターの確固たるゲームプラン。結果的には3人のリレーで6―3で勝利し、「国民的行事」は長嶋監督が「勝つ!」と宣言した通りになった。

 思えば、その言葉には「予言」めいた力が働いていた。10・8決戦の前年だった93年オフ、私はFAを宣言。しかし長嶋監督が自宅にやってきて「17本のバラ」で引き留められた。実際は20本だったが、私の背番号と同じ数だと報じられた。そして01年。私が現役を引退する際、あいさつに伺って「あの時に引き留めていただいて、おかげさまでジャイアンツで20年、現役を終えることができました」と伝えると、こんなふうに言われた。

 「そうだろう。こうなることがお前にとって一番いいと、俺には全部分かっていたんだ」――。長嶋さんの言霊を、私は一生忘れることはないと思う。 (元巨人投手)

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