日本ハム・木田GM代行 長嶋さんの“宇宙人伝説”や“トイレのタオル事件”など明るい秘話の数々でしのぶ

[ 2025年6月3日 17:27 ]

1996年、巨人・長嶋監督とガッチリ握手を交わす木田
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 日本ハムの木田優夫GM代行(56)は3日、この日朝に89歳で死去した長嶋茂雄終身名誉監督を追悼し、思い出話を交えプロ野球界のレジェンドをしのんだ。

 監督と選手として長嶋野球を経験している木田GM代行は「本当に、非常に残念で、たくさんの思い出がありますし。ただ最近はなかなかお会いしてきていなかったので、今日の朝知って、もう一回会いたかったな、話したかったなというのが一番です」と無念の表情を見せた。

 朝にテレビで悲報を知ったという木田GM代行は、一番の思い出を聞かれ「もういっぱい、いろんな思い出があって。どちらかと言うとよく怒られてたんで。神宮で投げてて、隣でJリーグ開幕した日に負けて、こんな大事な時に…みたいに言われた時もあったし。本当にいろんな思い出があるんですけど、一番は96年、メークドラマと監督が言った時の、最後のメークドラマの締めくくりの日に勝ち投手になれたっていうことが一番いい思い出。本当に怒られたし。やっぱり長嶋さんとはいろんなことがあったので。一番覚えてるのは、怒られたんだけど、最後に“お前は俺の言うこと聞いてれば大丈夫だから。俺は全部分かる。俺は宇宙人なんだから”って言って出てていった時は、この人やっぱり宇宙人なんだと思って。そういったこともたくさんあったし。94年の時が国民的行事って、最後名古屋で勝った方が優勝っていう試合は、実は登録外れていて。で、ベンチ裏で応援してたんですけど、その時悔しかったんで、次こういう時は自分が投げてやるって思ってやっていく中で96年に最後優勝できる日に投げさせてもらえたんでね。あの時はうれしかった」と濃密な思い出を、懐かしそうに振り返った。

 最後に会ったという日本ハムの2軍監督時代。ジャイアンツ球場で交わした言葉を聞かれると「いや、声掛けというか…ジャイアンツの練習中で、こっちも試合前の練習の準備しなきゃいけないってことだったんで、もう本当にあいさつ程度で。まだまだお会いするチャンスあると思って、その時はあいさつだけだったし。ただ、よく長嶋さんは人の名前覚えないとかっていうエピソードいっぱいあるけども、今日ずっといろんなこと考えて思い出したら、まだ1軍に上がる前に長嶋さんが解説で宮崎キャンプ来られて、たまたま球場の入口であって、あいさつしたら、逆に長嶋さんの方から“おお、木田君”って言われて、その時から名前覚えてもらってたなって思って。で、石川に独立リーグ行ってる時に、宮崎キャンプに行くことがあった時に、長嶋さんもちょうど来られて話をした時に“そういえばお前、最近朝にテレビ出てないか”って言われて。僕がちょうどテレ朝でレギュラーを持って毎週出てた時だったんで、そんなの見てくれてるんだっていうのがあって。考えたら本当に最初から名前覚えてもらって、何十年たった時でもそうやってテレビで見て気にかけてくれたというのはうれしいです。あんな凄い人と同じ時間過ごして、一緒に野球できたっていうのは貴重な時間だったなと思います」と柔らかな笑みを浮かべた。

 最後に「(名前を)本当に間違えられたことないんですよ、僕は。だから、ファイターズにもちょっといた川辺ってやつは最後まで渡辺って呼ばれてたし。あとは間違えられてはいないんだけど、東京ドームのロッカーがトイレから出てきて、(すぐ)ロッカーに入ったところが(自分の)指定席だったんですけど、ずっと。ずーっとトイレから出てきたら俺のタオルで手を拭いてた。それだけは治らなかった」と長嶋さんらしいエピソードを明かし、天国に旅立ったミスターを明るい話題でしのんだ。

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