涙、涙の中畑清氏 忘れられない長嶋さんの言葉「ねえ、キヨシ。明るくて楽しい監督になりなさい」

[ 2025年6月3日 21:14 ]

2003年11月、日本代表ベンチで歓喜の雄叫びを上げる中畑氏(左)と長嶋監督
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 日本テレビは3日、巨人の長嶋茂雄終身名誉監督が同日早朝に亡くなったことを受けて特別編成した「【緊急生放送】ありがとう長嶋茂雄さん ミスタープロ野球 永遠に…」を午後7時から2時間特番で放送した。

 同局の平川健太郎(55)、徳島えりか(36)両アナウンサーが進行役を務め、長嶋さんの大ファンで知られるフリーアナウンサーの徳光和夫(84)と、長嶋監督のもとでプレーした中畑清氏(71)、宮本和知氏(61)、斎藤雅樹氏(60)、元木大介氏(53)がスタジオに集結した。

 長嶋さんは3日午前6時39分、肺炎のため都内の病院で死去した。千葉県出身。89歳だった。

 今も語り草になっている“地獄の伊東キャンプ”を選手として経験し、スター選手になった中畑氏。04年アテネ五輪では野球日本代表のヘッド兼打撃コーチを務めていたが、長嶋監督が脳こうそくで倒れ、監督代行として指揮を執り、銅メダルを獲得した。

 「長嶋さんが…覚悟っていうんですかね、野球人としての覚悟を、人生を懸けた姿があそこにあったと思うんですよ。凄い執念でしたよ、ええ。チーム編成もそうなんですけど、北海道であった予選の時から全選手に一打席ごとに声をかけて。1戦、2戦目でもう…のどカラカラに…」

 涙で声を震わせ、言葉が続かない中畑氏。それでも必死に「(声を)枯らして。初めて僕、終わって、宿舎帰って…。“ねぇキヨシ、これがプレッシャーなんだな”っていうことを言った時に、僕は今までプレッシャーを感じたことのない人なんだなっていうのをそこで初めて分かりましたけど。でも、その自分の役割として、日本のプロ野球が世界に誇れる日本のプロ野球になるんだっていうのはオリンピックで金メダルを獲るしかないんだっていう執念みたいなものを持って臨んだだけに、本当に悔しい思いをしたんじゃないかなと思うんですよ」とミスターの胸中を思いやった。

 「それを完結させたかったですけど、銅メダルで終わってしまった自分も悔いを残してますけど、最後にホテルで待っててくれて出迎えてくれた時に全員が心から監督に元気になってもらいたいですっていう、そういう熱いものを握手を交わした時に…。悔いは残ってるんですけどね、金メダルを獲ってあげられなかったっていうね、それは悔いを残してますけども。でも長嶋茂雄がやりたかった野球っていうのはあの野球じゃないのかなっていう。本当は勝ちたいんでしょうけど、長嶋さんっていい試合やって負けるのはオーケーなんですよ。“今日いい試合だったよなあ”って試合後に言ってくれたりするんですよ。だから常にファンファーストっていうか。ファン目線で生きてきた人だけに、一番大事なのはなんだって。僕、監督になる時にも“ねえ、キヨシ。明るくて楽しい監督になりなさい”って。そんなメッセージないでしょ、普通。監督ですよ。でも私の人間性まで分かってくれて言ってくれた言葉だと思うんですよね。それを実践できたかな、恩返しできたかなっていうのはあります…」と感謝しつつ寂しそうだった。

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