全国の高校球児が草むらの泥水をすすっていた時代…池田高校の球児は「下宿先に箱で積まれて…」

[ 2025年4月2日 14:52 ]

金村義明氏
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 近鉄、中日など3球団でプレーした金村義明氏(61)が3月31日放送のMBSラジオ「金村義明のええかげんにせ~!」に出演。池田高校だけ“別格”だった高校時代を振り返った。

 池田高校は徳島県の公立校でありながら強打の「やまびこ打線」で1980年代の甲子園を席巻した。

 蔦文也監督(当時)はどこよりも早くウエートトレーニングを取り入れるなど先見性があった。

 報徳学園3年夏に甲子園の優勝投手になった金村氏は、プロ入り後にPL学園出身の桑田真澄氏、池田高校出身の水野雄仁氏と対談して驚かされたという。

 当時、練習中の水分補給は「バテる」など謎の理由で厳禁とされていた。

 それでも桑田氏はアンダーシャツの左袖に水分を含ませ、汗を拭くフリをして吸っていたという。

 金村氏はほふく前進しながら草むらの中で泥水をすすったという。

 ところが、水野氏は「ポカリスエットを冷やして飲んでましたよ」とさらり。

 ポカリスエットを販売する大塚製薬の“本拠地”が当時徳島にあり、地元の球児を積極的に支援していた。

 下宿していた蔦監督の家にはポカリスエットがケースで積まれ、誰でも飲み放題だった。

 金村氏は「熱が出ないとポカリスエットなんか飲めない時代。飲む点滴って言われていた」と、懐かしそうに振り返った。

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