【内田雅也の追球】阪神「奇跡」への開き直り ピンチで内角突いた投球 64年大逆転優勝の雰囲気再び?

[ 2021年10月13日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神2ー1巨人 ( 2021年10月12日    東京D )

<巨・神(23)> 7回2死一、二塁、阪神・青柳は坂本を遊ゴロに打ち取る(撮影・大森 寛明)
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 阪神が1点差を守り切った一戦で光ったのは、ピンチで内角を突いた投球だった。いずれもツーシーム(シュート)で詰まらせた。

 7回裏2死一、二塁、青柳晃洋は坂本勇人にフルカウントから内角をツーシームで突き、遊ゴロに打ち取った。8回裏2死満塁で登板のロベルト・スアレスもゼラス・ウィーラーを内角ツーシームで遊ゴロに切った。

 内角に投げるのは怖い。右打者の体に向けて切れ込むツーシームなら余計である。満塁なら押し出し死球の不安も伴う。それでも思い切っていけたのは、得意球への自信があったからだろう。

 坂本誠志郎のリードだろうか。確かに1点差をしのいだ功労者だ。6回裏2死満塁で青柳に高め直球の釣り球を要求し、空振り三振でしのいだ。投げ急ぐスアレスを「待て」と制し、間合いを取ったこともあった。

 ただ、リードは難解で分からない。正直に言えば、梅野隆太郎と巧拙や差異を論じるだけの目はない。梅野も相当に疲れていることは分かる。休養も必要だろう。

 それよりも、ある種の開き直りがあったのではないかとみている。

 たとえは悪いが、この夜の阪神は何か憑(つ)き物が落ちたような雰囲気があった。一例だが、青柳が死球を与えた一塁上の岡本和真に視線を送ると笑って大丈夫のしぐさを返し、青柳も笑い返した。先の神宮(8~10日)では、たとえ同じような死球があっても、見られなかっただろう光景である。

 天王山と位置付けていたヤクルト3連戦で負け越し、ゲーム差は3に開いた。優勝は遠のいたのは間違いない。ただ、天王山を終えて、開き直ることができたのかもしれない。今度の直接対決は来週19~20日の甲子園である。だとすれば――と1964(昭和39)年、奇跡と言われた阪神の逆転優勝を思う。

 シーズン終盤、首位・大洋(現DeNA)に3・5ゲーム差と離され、残り7試合だった。逆転優勝には直接対決4試合全勝と残り3試合に2勝が条件だった。

 この時点で監督・藤本定義は「もう、優勝は無理。諦めたよ」と言った。「このまま負けるのは悔しいから、せめて三原(脩=大洋監督)を徹底的にいじめてやるか」

 現役だった吉田義男の『阪神タイガース』(新潮新書)にある。<さすがの藤本監督もこう“ギブアップ”宣言したところから(中略)奇跡のドラマの幕が開く>。

 ジーン・バッキーが先発・救援で5連投するなど大車輪の働きで6連勝し、逆転優勝は成った。優勝後のシーズン最終戦も勝っての7連勝フィニッシュだった。

 57年前とは時代も異なり、投手の連投連投また連投などはありえない。それでも、スアレスが9日ヤクルト戦に続き、この夜も回またぎの登板で勝利を呼んでいる。外国人投手の大車輪の働きという点で共通点があるではないか。

 いま、監督・矢野燿大は「諦めた」などとは言わない。「諦めない」と繰り返している。それでも、チーム内には優勝の呪縛が解けたような空気は確かにある。

 この日、ある球団幹部から届いたメールにあった。「今日からまた気持ちを新たに戦ってまいります。われわれはチャレンジャーですから」

 スローガンの一つ「挑」である。開幕からシーズン前半戦の快進撃を呼んだ「挑戦者」の精神が戻ってきている。

 失うものなど何もない。だから、ピンチでも開き直り、内角へ挑んでいけたのである。

 この夜、ヤクルトは敗れ、阪神は残り10試合で2ゲーム差。「奇跡」だった残り7試合で3・5ゲーム差に比べれば、何と言うことはない。 =敬称略= (編集委員)

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2021年10月13日のニュース