楽天・銀次 東日本大震災から10年の節目に「東北出身者として自分が先頭に立って元気にしたい」

[ 2021年1月14日 05:30 ]

宮城県内での自主トレを公開した楽天・銀次(球団提供)
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 記憶は風化させない――。楽天・銀次内野手(32)が13日、宮城県内での自主トレを公開した。2011年の東日本大震災から今年で10年の節目。自身も岩手県普代村生まれで、東北出身者としてプレーで被災者を元気付けることを改めて誓った。震災当時から楽天のユニホームを着続けている選手は今ではわずか3人。銀次がその先頭に立って東北を盛り上げる。

 2011年3月11日、午後2時46分。決して忘れてはいけない瞬間から、10年の節目を迎える。銀次の熱い思いは、いつまでも不変だ。

 「東北出身者として自分がしっかり先頭に立ってやっていきたい。まだまだ苦労されている人はいっぱいいる。ほんのちょっとでもいい。元気にしたい」

 震災の年は入団6年目。素質が開花し始め、背番号が「33」に変わった翌12年にレギュラーの座を奪った。当時から楽天のユニホームを着続けている現役選手は塩見、辛島だけになった。時代の流れ。しかし銀次はそれに必死にあらがおうとする。後世に伝えるのが使命だと考える。

 「どうしても風化というか…。人間なんで忘れてしまうことはある。僕は自分の子供にも“こういうことがあったんだよ”と伝えていきたいし、自分の子供が大きくなった時にまた伝えていってくれれば」

 そしてバットを手にしている限り、銀次にはやることがある。昨季は故障に泣いた15年以来、5年ぶりに100試合を切る88試合の出場。打率・236と低迷した。

 復活の今季に向けて「プロ野球は試合に出てナンボ。出たら結果を残す自信もある」。目標は規定打席到達と打率3割に定めた。32歳。視力の衰えも自覚し、打撃練習では「打席に立って体、首ではなく目だけでボールを追う。訓練はしている」と話した。
 「10年だから特別なことをするわけじゃない。ずっと強く思ってやってきた。凄く応援されているというのもめちゃくちゃ感じる。しっかり試合に出て戦って、かっこいい姿、感動するような姿を見せたい。見ている人に“頑張ってるな”と少しでも感じてほしい」
 楽天一筋16年目。東北に生まれ、東北とともに歩んだ男が、再び東北の地を熱くする。野球の底力を見せつける。 (鈴木 勝巳)

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