【藤川球児物語(27)】ファンとチームを一つにしたお立ち台での涙

[ 2020年12月9日 10:00 ]

06年8月27日の巨人戦で18日ぶりに登板し、お立ち台で目を真っ赤にして涙を見せた藤川球児
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 心配された出来事は夏にやってきた。藤川球児にも疲労が表れた。連覇を誓った06年、前半戦から中継ぎ、抑えでフル回転して38試合連続無失点を記録。春のWBC、そして球宴の全力投球。チームも本人も注意しながら取り組んできたが、不死身ではなかった。

 チームは球宴後の中日との直接対決で3連敗し、差をつけられていた。長期ロードを迎えた8月、変調がトレーナー陣に伝えられた。右肩に張りが出たため、7日に福岡県内の病院で緊急検査。12日に寝違えによる首痛を理由に出場選手登録を抹消された。「チームに申し訳ない。早く復帰します」。だが、くしくもこの日、阪神の自力優勝の可能性が消滅。中日にマジックが点灯した。

 連覇を期待されていただけに、周囲の目は厳しくなった。監督・岡田彰布の采配にはじまり、点が取れなければ貧打と指摘され、失点が多ければ投壊とされた。戦列を離れた藤川も針のむしろに座る思いを味わった。

 思いが爆発したのが8月27日の巨人戦(甲子園)だった。18日ぶりのマウンド。2イニングで高橋由伸、李承(火ヘンに華)などから5三振を奪い、連敗を5で止める勝利投手となった。お立ち台で涙とともに、ファンに思いを伝えた。

 「ファンの皆さんもチームが連敗して悔しいと思いますけど、選手も本当に…悔しい気持ちでやってるんで…」
 「本当に、言葉にならないような気持ちで…」
 「まだまだファンの皆さんのために…頑張っているということをよく分かってください」

 翌日、涙の真意を直撃した本紙に答えた。

 「複雑な気持ちでした。チームが勝てなくて、周りはすぐ来年に目を向けるけど、選手はそうじゃない。勝つためにやっている。それを少しでも分かってほしかった」

 思いはチームとファンをひとつにした。9月は17勝4敗と驚異のペースで追い上げ、猛虎の意地を見せた。06年は防御率0・68。優勝した前年の1・36から大きく伸ばした。ファンのために死力を尽くしたのだ。=敬称略=

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2020年12月9日のニュース