広島・緒方監督「頼もしいやつら」と涙の連覇 黒田抜けても補強に頼らず栄冠

[ 2017年9月19日 05:30 ]

セ・リーグ   広島3―2阪神 ( 2017年9月18日    甲子園 )

<神・広>2年連続8度目のリーグ優勝を決め、胴上げされる緒方監督
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 広島は優勝マジックを「1」として迎えた18日の阪神戦(甲子園)に3―2で勝ち、2年連続8度目のセ・リーグ優勝を決めた。連覇は1979、80年以来、チーム37年ぶりとなった。就任3年目の緒方孝市監督(48)は感涙の中、ナインの手で11度胴上げされた。

 緒方監督は目を拭った。昨年9月10日の東京ドームでは見せなかった涙がこぼれた。「求める野球を選手が当たり前のようにやってくれた。本当に頼もしいやつらだ」。感謝の拍手をしながらナインの輪へ歩を進めた。11度の胴上げ。敵地なのに半分以上が赤く染まり、燃え上がったスタンドを背景に舞った。

 「甲子園はプロ野球選手としての1歩目のグラウンド。思い出の詰まった球場で胴上げをしてもらって本当にうれしかった」。88年9月17日にプロ初出場。29年と1日が過ぎ、一軍の将として最高の瞬間を迎えた。阪神はこの場所で、5月6日に9―0から逆転負けした相手。11ゲーム差とぶっちぎった。

 連覇への挑戦。4月に決断があった。鈴木の4番起用だ。「資質はある。負けず嫌いなところに他にないものがある」。昨季MVPで開幕4番の新井も不調ではなく、コーチが「5番・誠也」継続案を出しても、推し進めた。活性化の象徴として新4番を求めた。

 大黒柱だった黒田が引退しても補強には頼らない。31年間も広島のユニホームを着続け、カープの流儀が染みついている。「新しい力が出てこないと厳しい。2年、3年と続けてやって、まぐれじゃないことを証明する」。キャンプイン前のミーティングで「実績ある選手も競争してもらう」と訴えた。選手会長の小窪でも2軍へ落とし、新井やエルドレッドも先発から外した。現状維持ではなく進化を目指した。

 鈴木が8月23日のDeNA戦で右足を骨折。最大の危機にも揺るがず、離脱後を15勝6敗で乗り切った。競争によって望んだ進化を遂げた松山や安部が躍動した。「いろんなバリエーションをつくることが本当の強さ」。4月の10連勝が勢いなら、9月の9連勝は培った底力の証だった。

 佐賀の実家は魚市場を経営。小、中学生の頃は日曜日に手伝った。お客さんと触れ合った原風景は脳裏に残り「ファンの思いに応えるのがプロ野球選手の宿命」と胸に刻んだ。監督としての実現方法は、武骨な厳しさだ。「敵だけじゃなく、監督は味方の選手とも戦わないといかん」。4番の重責を抱えて不本意な結果にいら立つ鈴木を監督室に呼んで叱ったこともあった。

 今年5月、小学6年の長男がサッカーに加えて野球を始めた。昨年家族に加わった愛犬「優勝」も癒やしの存在。ただ、家でのわずかな時間も頭には野球がある。本拠地でのナイターは9時間前に球場入りし、資料を頭に入れる。数少ない息抜きのパワースポット巡りでも、ケガや病気を治すと言われる地蔵があれば、熱心に願い事。胃がんが発覚した赤松にはお守りを買った。

 昨年12月25日、誕生日に地元での優勝祝賀会で誓った。「忘れ物を取りにいく」。昨年逃した84年以来の日本一へ。連覇は終着点ではない。 (柳澤 元紀)

 ◆緒方 孝市(おがた・こういち)1968年(昭43)12月25日、佐賀県生まれの48歳。鳥栖から86年ドラフト3位で広島入団。95〜97年盗塁王、95〜99年ゴールデングラブ賞。08年から野手コーチを兼任し、09年限りで現役引退。通算1808試合出場で打率.282、241本塁打、725打点、268盗塁。10年から広島で1軍コーチを歴任し、15年から監督。1メートル81、80キロ。右投げ右打ち。

 ▽広島・緒方のプロ初出場 2年目の88年9月17日阪神戦。「7番・二塁」でフル出場し、第2打席で野田からプロ初安打となる左越え本塁打を放った。5打数1安打1打点。同年の出場は1試合で、レギュラー定着は9年目の95年だった。

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