NHKドラマ「恋せぬふたり」 新機軸の「ラブではないコメディー」の魅力

[ 2022年1月7日 08:30 ]

ドラマ「恋せぬふたり」の高橋羽(高橋一生)と兒玉咲子(岸井ゆきの)(C)NHK
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 【牧 元一の孤人焦点】子供の頃から、小説や映画、ドラマで描かれる「恋愛」に接してきた。恋愛は人と人との間に物語を生じさせる重要なテーマだ。10代から20代、30代半ばくらいまでは自分の暮らしにも強い影響を及ぼしていた。ところが、年齢を重ねるうちに関心と実感が薄れ、世の作品に求めるものは別の要素になっていった。50代後半を迎えた今は恋愛小説、恋愛映画、恋愛ドラマにまず食指が動かない。

 ところが、「ラブ・コメディー」ではなく「ラブではないコメディー」を掲げるドラマが現れた。女性と男性が出会って同居生活を始めるものの、恋愛関係には発展しないという。果たして、そこに物語は生まれ得るのか…。岸井ゆきの(29)と高橋一生(41)が主演するNHK「恋せぬふたり」(10日スタート、月曜後10・45、全8回)は興味深い。

 描かれるのは「アロマンティック・アセクシュアル」。アロマンティックとは、恋愛的指向の一つで、他者に恋愛感情を抱かないこと。アセクシュアルとは、性的指向の一つで、他者に性的にひかれないこと。どちらの面でも他者にひかれない人を、アロマンティック・アセクシュアルと呼ぶという。

 なぜ、このドラマは制作されるのか。企画・演出の押田友太氏は「理由は二つあって、一つは、以前に地方局で高校生が主人公のドラマを作った時に感じたこと。恋愛要素を入れるかどうかという話し合いがあって、結局、入れたのだが、なんとなく違和感があった。もう一つは、ある取材の中でアロマンティック・アセクシュアルの当事者の方と出会ったこと。その方から『日本のドラマは恋愛を描かないといけないのか?』と言われた。いつか、恋愛のないドラマを作ってみたいと思っていた」と説明する。

 岸井ゆきのが演じる「兒玉咲子」は、スーパーの本社営業戦略課で働く女性。後輩の面倒見が良く、周囲から慕われる性格だが、恋愛を前提としたコミュニケーションになじめずに暮らしている。一方、高橋一生が演じる「高橋羽」はスーパーの青果部門で働く男性。半年前に祖母を亡くしてから1人残された家に住んでおり、アロマンティック・アセクシュアルを自認している。2人はある日、スーパーで初対面。通常は、そこから恋愛模様を主軸とした濃密な物語が展開するところだが、2人は一定の距離を保ち続けることになる。

 押田氏は「2人はドライに見える。ドラマを作っていて、人と人が接触するということはこんなにも気を使うことなんだ!?と思った。恋愛ドラマではよく相手につきまとったり抱きついたりするが、それらは非現実的なのではないか?われわれが作っているドラマの方が現実的なのではないか?と思うようになった。恋愛が楽しい人もいるが、そうじゃない人もいる。アロマンティック・アセクシュアルという言葉を知ること、そういう人たちがいるということを知ることが大事」と話す。

 制作統括の尾崎裕和氏は「自分たちが当たり前だと思っていたことが、当たり前ではなないことに気づかされた。このドラマを通じて共感が広がれば良いと思う」と語る。

 加齢の影響で恋愛をしないこととは、もちろん、違う話だ。しかし、恋愛なしでも楽しく暮らせるという部分は共通するところかもしれない。百聞は一見にしかず。新たな価値観が心に育つ視聴体験になるはずだ。

 ◆牧 元一(まき・もとかず) 編集局デジタル編集部専門委員。芸能取材歴30年以上。現在は主にテレビやラジオを担当。

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2022年1月7日のニュース