阪急V4戦士が語るオリV3 正反対な今と昔 中嶋監督の信念「メジャーに勉強しにいったときに…」

[ 2023年9月21日 07:00 ]

パ・リーグ   オリックス6-2ロッテ ( 2023年9月20日    京セラD )

パ・リーグ優勝で、胴上げされる阪急・上田監督(1977年撮影)
Photo By スポニチ

 阪急がパ・リーグを4連覇した1975~78年の主力投手だった山口高志氏(73)が当時を回顧した。上田利治監督の下で4年間を通じて先発・救援でフル回転。若き日を知る中嶋聡監督(54)の巧みな投手運用を評価した。

 4連覇の頃は、1番・福本、2番・大熊、3番・加藤…で打線は固定。走り屋も自衛隊(守備要員)も、代打専門の高井さんもいた。全てトップクラスの人ばかり。投手はベテランと若手がうまく融合していた。一人一人、性格も野球の個性も強い。どのポジションにもプロフェッショナルがいた。

 75年に入団。先のことを考えず、その日その日で必死にやっていた。上田監督は旬の選手はその時期に使わないと…というやり方。だから、上田さんが優勝した後は投手は苦しいなと。とことん使い切る。山田久志さんだって入った時にはそういう使われ方だった。

 それこそチームワークなんかなかった。ロッカールームでは。例えば、頼まれた寄せ書きサインを、誰からもらいに行くかにも暗黙の順番があった。間違えたらやってくれない。でも、グラウンドではみんな自分の仕事をして、チームワークが濃いように見えた。ロッカーの中では、あの人とあの人はほとんどしゃべらない…とかだった。

 聡(中嶋監督)が入団した時は2軍投手コーチだった。選手としての印象はそんなにない。寡黙で、いつもすねているような感じ。あれだけ球団をいっぱい動いて、仕事もいろいろして。人より何倍、何十倍も選手を見ているだろうし、コーチ仲間も、付いた監督もいっぱいいる。その時々に周りにいた人のいいとこ取りをしてきたんじゃないかな。

 今のオリックスの強さは投手力で3連投させないのが象徴的。トータルしたら、その方が長持ちするし、勝ち星につながることが多いという判断だろう。「1週間休んでいる投手なら1回ぐらい3連投もいいんじゃないか」と思いがちだが、そういうことも絶対にやらない。メジャーに勉強しに行った時に出てきた答えなんじゃないかな。昔は、聡とも、グリーンスタジアム(現・ほっともっと神戸)に近い魚がおいしい店でよく飲んだ。また行きたい。

 ◇山口 高志(やまぐち・たかし)1950年(昭25)5月15日生まれ、神戸市出身の73歳。市神港では3年時に春夏連続で甲子園出場。関大ではリーグ戦通算最多の46勝を挙げ、4年時に全日本大学野球選手権優勝。松下電器を経て74年ドラフト1位で阪急入り。1年目から先発、救援でフル回転し75年新人王、日本シリーズMVP。79年以降は腰の故障の影響で3勝に終わる。通算195試合50勝43敗44セーブ、防御率3.18。82年限りで引退後は阪急・オリックス、阪神でコーチやスカウトを歴任。現役時は1メートル70、78キロ。右投げ右打ち。

続きを表示

この記事のフォト

「始球式」特集記事

「落合博満」特集記事

2023年9月21日のニュース