【何かが起こるセンバツ記念大会(4)】奇跡の完全試合 4強すべてが…公立旋風が吹いた春

[ 2023年3月19日 08:05 ]

桐生エース木暮の血染めの29三振の見出しが躍る1978年4月4日付スポニチ紙面
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 熱戦が繰り広げられている第95回選抜高校野球大会。今大会は5年ごとに開催される「記念大会」。一般出場枠が4枠増え36校出場の大会となる。過去の記念大会では後にプロ野球で活躍するレジェンドたちが躍動し、史上初の完全試合が達成されるなど数々のドラマが演じられてきた。「何かが起こるセンバツ記念大会」第4回は1978年の前橋エース松本稔と桐生エース木暮洋、その44年後に桐生復活を託された男。時を超えた群馬公立校のドラマとは――。

~小柄な進学校エース甲子園史上初の完全試合~

 1978年第50回選抜高校野球記念大会で身長170センチにも満たない球児が奇跡を起こした。前橋(群馬)の松本稔投手が1回戦で対戦した比叡山(滋賀)相手に春夏通じて史上初の完全試合を達成。球数わずか78球。その快挙は瞬く間に全国ファンに知れ渡った。

 白いユニホームの胸に「MAEBASHI」の文字。群馬県屈指の進学校・前橋が甲子園の歴史に偉大な1ページを記したのは3月30日。大会4日目第3試合。観衆は4万人。前橋はセンバツ初出場。レギュラーの中で高野昇捕手が1メートル74で最長身。松本投手は1メートル68と小柄で、前年の秋季関東大会準優勝でも注目されるチームではなかった。

 インターネットもない時代。前橋ナインはセンバツ特集が掲載されているサンデー毎日増刊号を買い比叡山打線の情報を収集した。比叡山は1番から9番までオール右打者。初回内野ゴロ3つでリズムに乗った。「右打者のアウトコースのコントロールには自信を持っていました」と松本氏。2回2死、6番・堀にフルカウントまで粘られたが投ゴロに仕留める。4回まで打者12人を抑えるとその裏、5番・佐久間秀人三塁強襲タイムリー。待望の先制点をもぎとった。終盤8回も6球で3者凡退。いよいよ史上初の完全試合まで残り1イニングとなった。9回2死。比叡山ベンチは代打・時田を打席に送ってきた。初めて迎える苦手の左打者。初球はシュート気味に引っかかったボールだった。その初球にバットを出し、白球は松本の前に転がってきた。そのまま一塁に送球。その瞬間、春夏通じて初の偉業はなった。試合終了、午後3時53分。試合時間1時間35分。投球数78。内野ゴロ17、内野飛球2、外野飛球3、三振5。春夏甲子園5132試合目の完全試合だった。
 
 史上初の快挙にメディアは大騒ぎ。松本氏はスポニチアーカイブス2016年3月号で当時を回想し「みんなでザ・ベストテン(TBS系列で放送された生放送の人気歌番組)を観ていたんです。最初に黒柳徹子さんと久米宏さんが出てきて、久米さんが“きょう甲子園で完全試合がありました”みたいなことを言ったんです。歌番組ですよ。みんな“えっ?”って。そして“俺たちのことじゃねえ?”って。なんかこういう番組でも取り上げられる、やっぱり大変なことなんだと実感しましたね」と語っている。

 3日後の2回戦、福井商戦。松本は初回こそ3者凡退に抑え“完全イニング”は10に伸びたが2回以降集中打を浴び17安打14失点。6失策から崩れ、大敗した。大会前半、1人のヒーローが生まれ、あっという間に去って行った。

~古豪・桐生 左腕・木暮の快投と鉄壁外野守備で石嶺撃破~

 前橋が去った甲子園で人気が沸騰したチームがある。同じ群馬の進学校である桐生。1927年夏の大会に初出場。2度のセンバツ準Vを含む夏13、春11回出場(当時)を誇る古豪だ。前年秋の群馬県大会決勝で前橋を破り優勝。関東大会では準決勝で優勝した印旛(千葉)に惜敗したものの、センバツ選考会で前橋とともに群馬勢アベック出場が決まった。

 1967年以来、11年ぶりの聖地。3月27日開会式当日の第3試合。相手は豊見城(沖縄)春は4年連続出場。夏も76、77年に8強に進出している強豪だ。主砲は石嶺和彦。この年の秋、阪急(現オリックス)にドラフト2位指名され、後に打点王のタイトルも獲得する超高校級の捕手だった。前年秋の九州大会を圧倒的な強さで制し優勝候補の「大本命」といわれた。

 桐生は初回左腕エース木暮洋が1点を失うが、その裏阿久沢毅の二塁打と石嶺の捕逸で逆転。3回にも阿久沢のスクイズで1点を追加した。勝負の行方を分けたのは桐生の守備力だった。4回1死、主将で中堅手の和田真作が石嶺の左中間への大飛球を背走して好捕。7回にも石嶺の右中間最深部への当たりを超美技で抑えている。豊見城の打球傾向を徹底研究。特に石嶺の打席では三遊間を狭め、外野は深い守備位置を取るなど、マウンドの木暮をバックアップした。木暮は9回を3安打10奪三振。聖地に11年ぶり「キリタカ」の校歌を響かせた。

 2回戦では打棒爆発。初回4番・木暮の三遊間安打で先制すると8回には阿久沢が左翼ラッキーゾーンへ1号。木暮は12奪三振の完封で岐阜に圧勝しベスト8に名乗りを上げた。

~桐生、箕島、浜松商、福井商 4強すべてが公立~

 第50回記念大会のベスト8は桐生のほか、前年優勝校で春連覇を目指す箕島(和歌山)、郡山(奈良)東北(宮城)浜松商(静岡)PL学園(大阪)南陽工(山口)福井商(福井)。東北、PL以外の6校が公立だった。箕島には翌79年春夏連覇を果たす石井毅(木村竹志=元西武))―嶋田宗彦(元阪神)のバッテリー。南陽工には“ツネゴン”と呼ばれた剛腕・津田恒美(恒実=元広島)がいた。

 迎えた準々決勝、桐生は試合巧者の郡山と対戦。木暮は5安打完封。主砲の阿久沢は4回右翼へ2試合連続のホームラン。センバツ史上、2試合連発は第30回記念大会の王貞治(早実)以来、20年ぶりの快挙だった。投打の両輪の活躍で4強。悲願の日本一を見据えていた。

 箕島は石井が西田真二(元広島)、木戸克彦(元阪神)、小早川毅彦(元広島など)らを擁したPLを完封。福井商は津田を打ち崩した。春夏8度目出場の浜松商は東北を2度のスクイズで崩し2年生左腕、樽井徹が完封勝利。4強に進出したチームはすべて公立。1954年以来のことだった。

 準決勝、桐生は浜松商と対戦。木暮が8安打を浴びて敗れ去った。連覇を目前にした箕島は守備の乱れもあり福井商に9点を奪われ完敗した。決勝は樽井が福井商を完封。浜松商が「公立旋風の記念大会」を制した。

~あの春から44年後 桐生復活託されたライバル前橋のあの男~

 第50回記念大会の話題をさらった群馬の2校。夏の甲子園に帰ってこられるのは1校しかない。完全試合男・松本の前橋は群馬大会準決勝で前橋工に敗退した。桐生は決勝で前橋工を撃破。再び聖地の土を踏んだ。2回戦で県岐阜商に敗退。日本一への挑戦は終わった。

 木暮は早大で17勝。社会人に進み、20代で引退した。阿久沢はプロの道に進まず教員となり野球指導者となった。90年代前半には母校の監督も務めている。超美技を連発した和田も2005年~06年に母校の指揮を執った。だが、78年の春夏以来、桐生は甲子園から遠ざかっている。第50回記念大会から44年たった2022年春、古豪復活への願いを託された新監督が誕生した。松本稔。前橋高の完全男がかつてのライバル校の指揮を執っている。昭和から平成、令和。20世紀から21世紀…。時を超えた群馬公立校のドラマは続いていく。
(構成 浅古 正則)

※学校名、選手名、役職などは当時。敬称略

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