サッカー元日本代表・槙野智章さんが語る、“学生とプロ”の違いとは。当時のトレーニング事情を振り返る
幼少時よりサッカーに目覚め、サンフレッチェ広島時代を経てFCケルンに移籍し、浦和レッズ、ヴィッセル神戸と活躍の場を移しながら、多くのサッカーファンの心を捉え魅了してきた槙野智章さん。学生時代はどんなトレーニングを行ってきたのか、プロに上がって感じた違い、努力したこととは。
大木めがけてシュートの練習。食事管理もすでに意識していた
7歳のころからサッカーを始めた槙野さんですが、小学校の頃はどういったトレーニングをしていたのですか?
7歳のころからサッカーを始めて、隣町にある小学校のサッカークラブに通っていました。一番身についたなと思うのが、公園でやっていた自主トレです。大きな木を目がけて強いシュートを打つというのをやっていました。その木を折るために。今思えば漫画やアニメのような話ですよね。
強いシュートを打つ練習、球のコントロールの練習になるので、一人でひたすらやってましたね。そのときは鍛えようなんて思っていなかったです。とにかく、その木を折るために必死だった。
本格的に筋トレを始めたのは?
本格的にやったのは中学生です。筋トレと食事の重要性を習って、とり入れるようにしました。
中学の頃だと、骨の成長具合の関係で大きな負荷はかけられないなどの制限があったかと思いますが、どういったトレーニングメニューを行っていたのでしょうか。
練習場が坂の上にあったので、坂ダッシュでタイム走を行っていました。あとは自重筋トレ、体幹トレーニングといった基礎練習ですね。それと、やっぱり食事も同じくらい大事に向き合ってきました。トレーニング終わりに、親から持たされた炭水化物を30分以内に取るという。
タンパク質ではなく炭水化物ですか?
はい。おにぎりを3つ持たされてトレーニングしていました。僕は体が小さかったので、とにかく体を大きくするために、タンパク質はもちろんですがトレーニング後にすぐおにぎりを食べていました。トレーニング後に何を食べるのか、どの時間帯で摂るのかが大事という話を聞いたので、それを意識していましたね。
自重以外の本格的な筋トレは高校ぐらいからですか。
中学3年生からですね。中3のときに広島ユースに入ったので、そのときに自分に合ったメニューとやり方をフィジカルコーチから習いました。
学業とサッカーの両立。広島ユース時代の生活
ユース時代はどういったトレーニングが中心でしたか? 集中して鍛えた箇所などは。
重量をつけたトレーニングや、下半身・上半身の強化をバランスよく行うメニューが多かったです。とくにお尻と下半身はとても意識して鍛えていました。チューブ(ゴム)を使って。お尻はアクセルになる筋肉なので、前に動く・跳ぶ・止まるなど、すべてにおいて大事だと思っています。
広島ユースでの1日のトレーニングの流れを教えてください。
練習前に、まず学校があります。学校から帰ってきたら、練習。その後に風呂や洗濯をして、寝る。この流れの中に筋トレを入れるって感じですね。筋トレはチームやるほか、トレーニング後に寮に帰ってきて、食事をして、風呂に行く途中にジムエリアがあるのでそのタイミングで30分ほど。寮のジムでやるときはセルフ、練習場のジムではトレーナーがついていました。
そのころ、意識して行っていたことは。
とにかく体を大きくすることを意識していました。メニューで言うとベンチプレス、スクワットなど。鏡を見ながらトレーニングするといいですよ。どこの筋肉が使われているのか、どこが使えてないのか見ながら行うのが一番いい。だからジムって鏡があるんです。
控えたほうがいいトレーニング方法などはありますか?
誰かに押しつけられて嫌々行うトレーニングは絶対やめたほうがいいです。嫌々やらされていると身につかないです。どういう意図でそれをやるのか理解して行う必要があるんです。たとえば“体を大きくしたい”と“動かせる筋肉をつける”は訳が違う。
80kgのベンチプレスを持てたとしても、試合中にその重さを持つことってないですし、筋肉をつけてもそれが重さとなって試合中に動けないなら意味がない。何のためにどこを鍛えるのか、トレーナーと話し合うことが大事だと思います。
体脂肪率や体重もそうですが、自分にとってのベストな筋肉量はどのくらいなのか、どのようにして判断するとよいでしょうか。
まず自分の体を知ることです。体脂肪率や全身の筋肉のバランスを測る機械があるので、そこで体重や筋肉量、体脂肪量や体脂肪率などをチェックしましょう。毎日体重を測って、寝る前と寝起きの数値を把握するなど、自分を客観的に知ることからスタートしてみるといいと思います。
プロと学生、その違いは。現役時代のトレーニング内容
プロに上がって、体づくりにおいて一番大変だったことは。
1年目のときはさすがに苦労しました。まず試合に出るための勝負があって、試合に出てからの勝負もあるので。
トレーニング視点でいうと、質と量が違いますね。プロの場合、量をこなすだけじゃなく、正しいやり方で行うとか、トレーニングのタイミングも重要になってきます。
プロになると年齢のリミットは外れますし、外国人選手もいるので、今のままでは通用しないというのは早くから感じていました。とくに体格は、プロと学生だと比べ物にならないです。お尻の筋肉もすごく大事だというのも再認識しました。
槙野さんが思う“最強のお尻を持つサッカー選手”は?
ウェズレイと長友さんですね。長友さんはお尻の使い方がうまいです。着地した瞬間、ユラユラせずお尻でピタッと止まる。まったく力を入れていないんです。
“プロのお尻”は、どのようにして作られるのでしょうか。
昔からいろいろトレーニングをしていても、いざプロになってお尻を鍛えようとしても、なかなか時間もかかるし、難しいですよね。僕もそうだったんですけれど、他の筋肉でカバーできている場合、ピンポイントでお尻を鍛えるとき、まず体の指令を変えなきゃいけない。
トレーニング方法としては、どう教えるといいでしょうか?
やっていくうちに体の癖とか分かってくるので、そこを変えていくことです。たとえば着地時にももの前側だけで止まろうとせず、お尻に意識を向けてとアドバイスするだけでも変わってくる。
自分は前ももが強くてお尻を使う意識が足りないと自覚できたら、お尻を使って着地するようなトレーニングを行う。逆のパターンなら前ももを鍛えるトレーニングをする。あとはプレー分析をしたときよく抜かれるなとか、よくこけるなとか、よく着地失敗するとか傾向を掴むと、筋力不足かなと分かるので、そこを鍛えていくアプローチもできる。
全員が同じ鍛え方をするのではなく、自分はどこが弱くて何ができていないのかというのを客観的に知ることが大事です。
ほか、サッカーにおいてオススメのトレーニングはありますか。
スプリントトレーニングですね。正しいフォームで正しく走ることをしっかり学んだほうがいいです。速く走る、高く飛ぶ、力を抜いた状態で90分間動くやり方などを覚えることができます。
うまくて速い人の走り方は決まっています。足の接地や腕の振り方、足をついたとき、反対側の軸足がどういう角度で入っているのかなど、速く走るフォームは決まっているんです。それを間違ったフォームで走ると、体に負担がかかるので、肉離れなどが起きてしまう。正しいフォーム、正しい足の接地で走ることはとても大事です。
自分に合う走り方より、決まった走り方を学ぶほうがいい?
はい。鉄板のやり方があります。日本代表やワールドカップの代表選手は全員スプリントトレーニングをしています。僕も7年間やっていました。ターンを速くするとか、ダッと寄せて停止するとか、加速減速も学ぶことができます。
ターン練習に必要なポイントは。
重要なのは初速で足をどこに置くかです。正しいポジションに足を置いて、次はどこに置いたらいいかっていうのを考えながら、怪我をせず速く走れるようになるのもスプリントトレーニングで身につきます。
試合中、足の置く位置なんて毎回考えられないので、正しいところに足を置くというのを体に覚えさせてあげる必要があります。
加速の練習は。
加速も同じです。スピードに乗ったとき、膝をどの高さまで持ってくるとか、どこに着地するとか考えながらやります。
それらを身につけるために必要なのは、やはりお尻の筋肉ですか?
お尻と腹筋下部です。早く走るためには体幹も鍛える必要がありますし、どれが欠けていてもスピードは出ないし、強くならないです。
腹筋はどう鍛えていましたか?
懸垂をしながら両脚を上げたり、足にメディシンボールを挟んで上げ下げしたり。10回3セット、慣れればウォーミングアップ代わりになります。
うまい選手、成功している選手に共通している体の作り方ってあるんですか?
体幹です。体幹がしっかりとしていると全然違うんです。見た目はマッチョなのにぶつかるとすぐ吹っ飛ぶ人もいるし、体は細いのに倒れなくて、自分のボールを維持できる人もいます。細くて体が小さいから弱いとか、大きくてゴツいから強いってわけじゃない。
体幹はどうやって鍛えるのですか?
体幹トレーニングや呼吸法で鍛えます。僕らがやっていたのは、お腹を手でギュッて掴んで、弾くお腹を膨らますというやり方です。弾いた状態(お腹に力を入れた状態)をキープできる、つまりお腹に力を入れたまま会話や呼吸ができるかということが、“体幹の強い・弱い“につながります。
メッシやイニエスタも、力を入れるところと抜くところの使い分けがとてもうまいので、ぶつかるとすごく硬い。体幹が強いんです。
体幹トレーニングは何歳くらいから始めるといいでしょうか?
小学校からやったほうがいいです。30秒くらい体勢をキープするとか、平均台とか、遊び感覚でやると自然と体に身についていきますよ。
プロフィール
槙野智章
1987年5月生まれ、広島県出身。00年にサンフレッチェ広島Jr.ユースに入団。以降11年間広島でプレーし、チームの中心選手としてリーグ戦に全試合出場する。
10年にJリーグ・ベストイレブンに選出。年間で34試合に出場し、警告や退場は1度もなく、フェアプレー個人賞を受賞する。同年12月ドイツ・ブンデスリーガ1部の古豪1.FCケルンに入団。戦いの舞台を欧州へ移した後、12年浦和レッドダイヤモンズに移籍する。21年、10年在籍した浦和からの退団を発表。ラストゲームとなった天皇杯決勝では、劇的ゴールを挙げ有終の美を飾り、22年ヴィッセル神戸に移籍。開幕戦となった名古屋グランパス戦でJ1通算400試合を達成する。
そのシーズン終了後に電撃的に引退を発表し、槙野劇場の第2章と題し指導者としてのキャリアを歩むべく、サッカーを通じてYoutubeチャンネルや自身のSNSで様々な事を発信するほか、Jリーグで指揮を執ることが可能となる「S級ライセンス」取得を目指している。
<Text:和栗恵/Edit:TRIADICJAPAN/Photo:TOSHIYUKI MAEGAWA>
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