NBAブルズの故テックス・ウィンター氏が教えてくれたこと どんな人間でも役に立つのだ
【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】人間は自分が何か役に立つ存在でありたいと願う。それは社会でもスポーツにおけるチーム競技でも同じ。その願いがかなうと組織に対しての忠誠心が高まり、個々がつながって強固な集団になる。「強さ」とは一握りのスーパースターが生み出すものではない。そのスーパースターが目立たず隠れた才能を周囲からどれほど引き出してくるのか?どんな競技でも、優勝という栄冠はそうやって生まれてきた。
故テックス・ウィンター氏の戦術が目に浮かぶ。NBAのブルズとレイカーズでアシスタント・コーチを長年にわたって務めた名参謀。彼が完成へと導いた「トライアングル・オフェンス」がなければ、マイケル・ジョーダンもコービー・ブライアントも勝利の美酒を味わっていなかっただろう。
その戦術を説明すると夜が明ける。そもそも数百種類におよぶとされるそのパターンを私自身が理解していない。3人を三角形に配置して、2度目のパスをどこに出すかによってその後のボールと選手の流れが決まる。残り2人はボールが動きだした時点で新たな“三角形作り”に絡んでいく。全員にシュート・チャンスが生まれるから相手は誰か1人をダブルチームで守ったりはできない。全員が1つのボールに絡むからこそ、このオフェンスは効力を発揮。役に立たない人間など1人もいないように見えるから、私の目にはそれがいろいろな世界とだぶって見える。
マイケル・ジョーダンの1試合における生涯最多得点記録は1986年4月20日のセルティクス戦でマークした63得点。対戦したセルティクスのラリー・バードが「あれはマイケル・ジョーダンの姿をした神だ」と語った試合だった。
しかしブルズはこの試合で再延長の末に131―135で敗れている。ジョーダンを擁するブルズがファイナルで初優勝を飾るのは1991年。1989年に指揮官となったフィル・ジャクソン監督が、ウィンター氏の編み出したトライアングル・オフェンス(当初の呼び方はトリプルポスト・オフェンス)を採用し、ジョーダンをその戦術の中に組み込んでから黄金時代が始まった。
NBAの一般的で実用的な戦術と言えば1対1を基本とするアイソレーション。それに2対2となるピック&ロールを加えたくらいが「引き出し」に入っている程度だった。その流れを“バスケの神”を引き連れて変えたのがブルズ。以後、ウィンター氏はジャクソン監督の下で機能的な「三角形の世界」を構築し、同監督がレイカーズに移ると、ともに新天地へと渡り歩いた。
2018年10月10日。ブルズとレイカーズで計10回のファイナル制覇に貢献したウィンター氏が死去した。享年96。2009年以降は心臓疾患で衰弱の一途をたどり、ついに帰らぬ人となった。
時代も加速度的に変化し続け、3点シュート全盛時代となった最近のNBAではトライアングル・オフェンスは陰を潜めている。5人がそろってからオフェンスを開始するのでは24秒のショットクロックをどんどん削ってしまうし、チームの3点シュート成功率が30%台の後半を維持できるなら“長距離砲”をどんどん打った方が得点効率が良くなるという理論の浸透も影響。三角形を作るのではなく、誰かがインサイドをついてからアウトサイドにいるシューターにボールを回す(キックアウト)方が、より実用的な戦術になってしまった。
それでも私はウィンター氏が遺した戦術が好きだ。コート上の5人全員を1本の糸でつなげたような動き方、そして誰1人疎外感を与えない戦い方は、社会問題を含めたいろいろな事柄のメタファー(隠喩)として未来にまで受け継がれていくと思う。
1991年から93年にかけてブルズのファイナル3連覇に貢献したジョン・パクソン氏(58=現ブルズ球団社長)は「テックス・ウィンターはバスケットボールがどうあるべきか、という高い目標を掲げていた変革者。彼とともにプレーできたのはとても幸運だったし、ブルズへの貢献度は永遠のものだ」とコメントしている。シュートはうまかったものの、ポイントガードとしての身体能力には恵まれなかった同氏がブルズでスポットライトを浴びたのは、オフェンス時に「ジョーダンを見守る」のではなく「ジョーダンと一緒に絡む」ことができたから。「何か役に立つ存在でありたい」という願いが現実となった時に人生が変わった選手だった。
1996年6月。私はブルズとスーパーソニックス(現サンダー)が対戦したNBAファイナルを取材。「トライアングル・オフェンスって何だよ?原稿のケツ(終わり)に付けるから短くまとめといて」という当時のデスクの指示に私は「絶対に無理です」と拒否したがわかってもらえなかった。
人間には無形の財産を遺せる能力がある。トライアングル・オフェンスもそのひとつ。誰かがボタンを押すと次々に5人が動きだすシステムだった。動き出したものはボールや人間ではなく選手の「心」。短くまとめることはできなかったけれど、そうではなかったですかね、天国の名参謀?
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には7年連続で出場。今年の東京マラソンは4時間39分で完走。
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