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前橋で温める 南スーダン友好の和 “からっ風”に負けない!!選手団5人 8カ月前から長期合宿中

[ 2020年1月27日 09:00 ]

 7月24日の開幕まで半年を切った。参加する206カ国・地域の中で、本番8カ月前から日本で異例の長期合宿を続けている国がある。それはアフリカ大陸にある「世界で最も新しい国」南スーダンだ。昨年11月から、全5人の選手団がホストタウンの前橋市に滞在中。母国を離れて2カ月が経過した今の暮らしぶりを追った。 (安田 健二)

 今月9日、前橋八幡宮で開かれた新春恒例行事「お焚(た)き上げ」。南スーダン選手団はそろいの法被を着て姿を見せた。市民から「頑張ってね」と激励を受けると、慣れない寒さにこわばっていた表情が緩んだ。

 キリスト教徒の彼らにとって、神社は日本文化を肌で感じる絶好の場所。山積みされただるまが勢いよく燃える光景に目を丸くして、スマートフォンを向けて動画や写真に次々と収めていた。

 陸上男子1500メートルのグエム・アブラハム(20)は和太鼓の打ち手と一緒に自撮り。「南スーダンの家族や友達には、頻繁に日本での生活を写真や動画で送ったり、SNSに投稿したりして伝えてるんだ」。約1万1000キロ離れた母国に思いをはせて屈託のない笑みを浮かべた。

 アブラハムら陸上選手4人とコーチが来日したのは昨年11月14日。きっかけは母国の練習環境だ。砂利が混じったグラウンドばかりで、スポーツ用品も不足。メダル有力国では好タイム連発の厚底シューズが席巻する一方、同国では裸足(はだし)で練習する選手もいる。

 厳しい環境を知った前橋市からの提案を受け入れ、長期キャンプが決まった。滞在費用約2000万円も、ふるさと納税を利用した寄付を募り、不足分を市で賄う。

 5人は自炊可能なホテルの個室に滞在し、市内の運動場で練習する日々。「ドウゾヨロシクオネガイシマス」「アリガトウ」など来日から2カ月で日本語のレパートリーが増えて市民交流も円滑。日本文化を学ぶために書き初めにも挑戦した。

 異国の地での生活に慣れるまでに時間はかからなかった。市から食費をチャージした交通系ICカードを支給されており、これでスーパーへの買い出しや、ホテル近くのファミレスで食事をしている。「特に日本のラーメンとお米がおいしいね」とアブラハムは白い歯をこぼした。

 街中で市民が「スーダンの選手たち頑張ってね」などと声を掛ける機会が増えた。市文化スポーツ観光部の桑原和彦参事は「来日して機運が一気に高まった」と手応えを口にする。一方で「まだスーダンと混同されることがあるので、南スーダンは違う国だと周知していきたい」と力を込めた。

 桑原氏が彼らと接して発見したのは、日本人に似た勤勉さだという。「時間や規律をきっちり守る。初日から率先して箸を使う姿を見て、日本文化になじもうという姿勢は非常にありがたかった」

 ただ、盲点が通信環境の違い。スマホは通信と国内通話が可能な機体をドコモから支給されている。市は当初、通信アプリ「ワッツアップ」などを使って家族と連絡を取る想定をしていたが、現地の通信状況が悪く当てが外れた。陸上女子100メートルのモリス・ルシア(18)らから「お母さんと話したい」と頼まれ、国際通話が可能なスマホ1台を急きょ用意。5人の共有で1カ月の上限額を決めて使うはずが1週間で突破。これには桑原氏も「日本で言えば高校生と同じ世代。初めは仕方がない」と気を配る一方で「予算にも限りがあるので対策を考えなきゃ…」と苦笑いを浮かべた。

 《メダル争いより大きな財産》自己ベストでもメダルを獲得できる可能性は低い。5人が勝負以上に重点を置くのは、日本の人々との出会いと五輪の経験を持ち帰って広めることだ。

 南スーダンは2011年に独立したものの、13年に内戦が始まり、民族対立の高まりで推計約40万人が死亡した。だからこそ、民族融和に向けた平和構築の鍵としてスポーツへの期待は高い。

 「いま、自分たちが日本に来て、こうして前橋の人々と毎日たくさんの出会いがある。これが一番大きいことなんだ」。アブラハムはこう力を込めて「南スーダンに帰ってからも日本との交流を通じて、故郷のために自分たちができることをやっていきたい」と使命感を燃やす。

 メダル争いだけが五輪ではない。彼らは「平和の祭典」を通じて、金メダルに匹敵する“財産”を持ち帰るはずだ。

 《五輪3人、パラ1人出場へ》五輪にはアブラハム、ルシアのほか、陸上男子400メートル障害にアクーン・ジョセフ(17)が出場。パラリンピックには陸上男子100メートルにクティヤン・マイケル(28)が臨む。オミロク・ジョセフ・コーチ(58)が同行しているが、前橋市陸上競技協会などの指導者が練習に協力している。市はハンガリー、スリランカ、ベラルーシ、コロンビアのホストタウンにも登録。今後、本番に向けて選手が続々と来日することから、さらに盛り上がりを見せそうだ。

 《応援Tシャツ販売で活動費用に》市民の有志も「南スーダン応援委員会」を立ち上げ選手をサポートしている。同国をイメージしたオリジナル応援Tシャツを作製し、1枚3300円(税込み)で販売。同委員会によると、昨年11月からこれまでに約2000枚が売れた。諸経費を除き1枚800~1000円ほどが選手たちの活動費用になっている。市内でも販売に協力する店舗が増加傾向で、支援の輪はさらに広がりそうだ。

 ▽南スーダン 20年以上続いた内戦を経て、2011年7月にスーダンから分離独立したアフリカの国。面積は約64万平方キロメートルで日本の約1.7倍。人口は18年推定で約1300万人。公用語は英語。一年を通じて暑く、最も寒い季節でも最高気温は30度前後。国立公園が複数あり、ライオン、キリン、チーターなど世界有数の野生動物の宝庫として知られている。550万人が食料不足に直面すると予測されている。

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2020年1月27日のニュース