【ヴィクトリアM】パラディレーヌと初めの大舞台 仁岸助手「先生や厩舎の方々に恵まれました」

[ 2026年5月15日 05:30 ]

パラディレーヌとヴィクトリアマイルに挑む仁岸助手 (撮影・平嶋 理子)    
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 春の最強古馬女王決定戦「第21回ヴィクトリアマイル」は14日、出走馬が確定した。過去のG13戦で4、3、2着と善戦してきたパラディレーヌを担当する仁岸隆之助手(43)は同馬のデビュー前、調教中の落馬事故で大ケガ。1年以上の休養を経て今年1月からトレセンに復帰した。パートナーと初の大舞台に挑む。また、ニシノティアモが唯一の木曜追い。美浦Wコースで楽々と併入し、万全の仕上がりをアピールした。枠順は15日に発表される。

 悲願のG1制覇に燃えるパートナーと“初めて”の大舞台に立つ。パラディレーヌを担当する仁岸助手は競馬一家で生まれ育った。父の正之氏はJRAの元獣医師。伯父はかつて宇都宮競馬場で調教師を務めた進氏で、いとこの尚昌厩務員は大井・荒山勝徳厩舎に所属し、25年東京大賞典の勝ち馬ディクテオンを担当。「幼少期は父の転勤で函館や府中に行ったことも。母方も競馬に携わっている方が多いので、馬は身近な存在でした」と振り返る。

 キャリア20年以上。11年の開業から千田厩舎を支える。パラディレーヌの初陣に向け、準備を進めていた24年10月20日。朝の調教中に不運が重なった落馬事故が起こった。一瞬の出来事で「右足が馬の下敷きに。足の感覚がなくなった」という。そのまま救急車で運ばれ、即入院。約7時間に及んだ手術を受けた。「膝の皿(膝蓋=しつがい=骨)が粉々で他にも、かかとなど数カ所を骨折。靱帯(じんたい)も3本切れた」。医師からは復帰まで2年と伝えられた。

 休養中は先輩の森田助手が代わりに担当。昨年はオークス4着、秋華賞3着、エリザベス女王杯2着とG1で上位争いを演じた。その活躍をテレビ越しに見守っていた期間も先輩からは「戻ってくるまでの代わり。待っている」と言葉をかけられ、復帰へのモチベーションとなった。「退院後は食事に連れて行ってくれたり、いろいろ気にかけてくださった。本当に感謝しています」と頭を下げる。

 妻、長男と長女に支えられながらリハビリに励み、今年1月21日から当初の予定より早くトレセンに戻ってきた。「復帰直後は体も苦しかったけど、今は楽しく仕事ができている。やっぱり馬が好きだし馬のこと以外は分からないから。先生(千田師)や厩舎の方々に恵まれました」と充実の日々を過ごしている。

 パラディレーヌを再び担当して3戦目。「前走の福島牝馬S(8着)はメンタルの部分で失敗したところもあったので、今回はそこを修正しながら。うまく調整できている」。かみ合った時の爆発力はこのメンバーに入っても上位。「五分のスタートなら追い込み一辺倒ではなく、正攻法でも自在に立ち回れる。広い東京は合う」と期待を込めた。反撃の準備は万全。感謝の思いをG1の舞台にぶつける。

 ○…パラディレーヌは追い切り翌日の木曜朝、角馬場で時間をかけて体をほぐした。千田師は「体を動かして元気いっぱい。変わらず順調です」とうなずく。昨年はG1で上位争いを演じ、トップクラスの実力を示している。「デビューの時から能力を感じていた。G1を獲らせてあげたいし、頑張ってほしいですね」と期待を寄せた。

 ◇仁岸 隆之(にぎし・たかゆき)1983年(昭58)3月15日生まれ、滋賀県出身の43歳。栗東ホース具楽部、宇治田原優駿ステーブルで馬乗りを学び、25歳でトレセン入り。最初に所属した栗東・須貝彦三厩舎の解散後、11年に新規開業した千田厩舎に移った。持ち乗り助手としてダノンプログラマーやジョヴァンニなどのオープン馬を手がけ、G1は12年菊花賞ビービージャパン(15着)で経験。現在はパラディレーヌの他に、昨年のオークス3着タガノアビーを担当。趣味は格闘技観戦。

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