【競輪 浅井康太コラム「虎視眈々」】褒めてくれて心配もしてくれた“兄貴” 岩見潤さんに感謝

[ 2025年7月31日 04:40 ]

引退した岩見潤さん(前列中央)を囲んで。お疲れ様でした!
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 三重の大将・岩見潤さんが引退されました。

 私のS級初戦は07年、正月開催のいわき平競輪場。始発の特急に乗り、2人で一緒に向かったことを今でも覚えています。

 その頃の私は前の期で股関節を骨折。その影響で競走得点を92点から82点ほどまで落としていましたが、S級に初昇級する頃には90点弱の競走得点だったと思います。

 そして、いわき平での成績は9着、6着、4着…。そんな私に「おまえ、弱いなぁー」と一言。

 当時の岩見さんはとても怖いイメージしかありませんでしたし、帰りの電車に乗った直後「プシュッ!」と缶ビールを1本、2本、3本、4本、5本…。いつも豪快な方でした。

 そんな怖いイメージが一転したのは、びわこの高松宮記念杯です。私が初めてG1の決勝進出を決めた09年の時でした。

 準決勝のレースでは先行できず、ホームで合わされて3番手外並走だったような気がします。そのままゴールまで踏み切り、流れ込んでの3着。当時の中部勢はとても強く、厳しい方が多かった。敢闘門に引き返した私に…。

 私はレース後、1時間くらい姿を消しました。そして、あっちゃん(柴崎淳)に発見されて部屋に戻った時でした。

 「何かあったのかと思ったわ!」。「良かったな!俺はうれしいぞ」。岩見さんは一緒に喜んで、褒めてもくれました。

 アマチュア時代、師匠(佐久間重光=引退)から厳しく育てられた私は、褒められたことがうれしかった。一緒に喜んでくれたことが本当にうれしかった。私が岩見さんのことを兄貴的存在と認識し始めたのは、その頃からだった気がします。

 そして地元の松阪記念(08年11月)を、先行した私の番手から優勝してもらえたことも、いい思い出になっています。

 「いろんなことを教えてくれてありがとうございました」。この場を借りてそう伝えたい。そして、第二の人生を楽しんでください。私はもう少し頑張ります!

 32年間の選手生活、本当にお疲れさまでした!(競輪選手)

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