【山本譲二 我が道29】最愛の人に伝えておきたい歌

[ 2026年4月30日 07:00 ]

最愛の妻、悦ちゃんと(本人提供)
Photo By 提供写真

 スタッフ発案の「山本譲二メタル化計画」に乗せられて得たのは、ギターでした。かつて食べていくため自己流で覚えましたが、やっぱりギターは格好いいなあと思い、練習し直しています。毎日1時間ぐらい弾いています。もう少しギターがうまくなったら、コンサートなどで披露しようと狙っています。

 また、歌を追いながら、コードを押さえてギターを弾いていると、不思議な感覚に陥ります。作った作曲家の先生の姿が何となく浮かんでくるのです。「見た目はソフトだけど、根っこに激しいモノを秘めている」とか、メロディーの起伏を通じて感じる部分があります。音楽は、そんな人間観察の勉強にもなります。

 「原譲二」の名前で作詞作曲もする北島三郎のオヤジには、75作出したシングルのうち3作を書いてもらいました。「長州の男(ひと)」(86年)「えくぼ」(89年)「生きる」(03年)を作曲(詞はすべて星野哲郎)してくれました。「いい歌ができたら聴かせるよ」と言われて、ずっと待っている状態です。オヤジに「長く歌い続ける秘訣(ひけつ)なんてない。ただ一つ人間性だ。とにかく人間を磨け」と言われました。「我慢」「何が本当に大切なのか考えること」そして「謙虚さ」を教わりましたが、まだオヤジの作品を歌える域に届いていないのかもしれません。精進して、胸を張って「歌をください」と言えるようになりたいです。

 昨年7月に出した最新曲「別れの日に」(詞・門谷憲二、曲・杉本真人)は、たまたま友人がカラオケで歌ったのを聴いて知った作品でした。「吾亦紅」のヒットで知られる歌手でもある杉本さんが17年1月にシングルで出した曲です。ちょうどディレクターが杉本さんに新曲の制作を依頼していたタイミングでした。「実は『別れの日に』を聴いて大好きになりました。この歌を僕に歌わせてもらえませんか?」とお願いしたのです。

 同学年の杉本さんだけに、思いや感じ方は近いのでしょう。タイトルこそ仰々しいですが、決して遺言ではなく、自分の生きる覚悟を伝えておきたいという願いの歌です。何度も言いますが、自分は妻の悦ちゃんがいなかったら、存在していません。最愛の人にこれだけは伝えておきたい、そう思う同世代の男は大勢いると思って歌っています。

 でも、この歌で歌手を終わるつもりは毛頭ありません。まだまだ心身ともに元気いっぱいです。これから、夫婦ものだけでなく、男の友情や人生も何でも歌いたい。76歳の恋愛の歌だってあると思います。期待していてください。

 恥ずかしい話ですが、脳の老化が始まっていて、昔の大事な友人の名前や出来事を忘れていたり、混乱していたりして、連載中ご迷惑をおかけしたことが多々ありました。最後にまとめておわびさせてください。申し訳ございません。1カ月間、最後までお付き合いいただき、誠にありがとうございました。=終わり=(構成・元尾 哲也)

 ◇山本 譲二(やまもと・じょうじ)本名同じ。1950年(昭25)2月1日生まれ、山口県下関市出身の76歳。早鞆高3年の67年、夏の甲子園出場。74年に「伊達春樹」として「夜霧のあなた」で歌手デビュー。北島三郎に師事し、78年「山本譲二」として再デビュー。80年発売の「みちのくひとり旅」が81年にかけてロングヒット、ミリオンセラーに。NHK「紅白歌合戦」に計14回出場。

続きを表示

この記事のフォト

「美脚」特集記事

「中居正広」特集記事

芸能の2026年4月30日のニュース