池上彰氏 中学時代に憧れていた職業を明かす 数学が苦手で挫折も結局「担当になりましたから」

[ 2026年4月25日 13:54 ]

池上彰氏
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 元NHKでジャーナリスト・池上彰氏(75)が25日、パーソナリティーを務めるニッポン放送「ゴッドアフタヌーン アッコのいいかげんに1000回」(土曜前11・00)にゲスト出演。中学校時代に憧れ職業を明かす場面があった。

 慶大経済学部を卒業後、1973年にNHKに記者として入局。社会部記者として、警視庁、気象庁、文部省、宮内庁を担当。ニュースキャスターなどを経て、2005年3月に54歳で早期退職。フリーランスでジャーナリストとして活動している。

 パーソナリティーの和田アキ子が「資料見たら、高校生の時は数学があんまり好きじゃなかった?」と聞くと、池上氏は「得意じゃなかったですね」と苦笑。「要するに中学校のときに、将来、気象庁の予報官になりたいと思っていた。で、高校のときに数学が苦手になったあと、気象庁の予報官になるためには『気象大学校』という、数学と物理がうんとできないと、ダメだってことがわかって、そこで挫折はしましたけど」と話した。

 結局、「(NHKでは)気象庁担当になりましたから」とさらり。「気象庁の記者クラブにいて、台風が来たりすると、深夜もずっとやるわけですね。今なら気象予報士という人がいますけど、当時はそういう仕組みがなくて。要するにテレビやラジオで天気予報は、気象庁の職員しかやっちゃいけなかった。気象業務法という法律があって。それは規制緩和で気象予報士って仕組みが出ましたけど。気象庁の職員になるしかなかったから、そっちに憧れていたんだけど」ともらした。

 憧れたきっかけは中学時代の部活だったそうで、「中学校のときに、天文気象部というところで、お天気のことを一生懸命クラブ活動やってましたから」とした。

 「小学校6年生のときに『続・地方記者』という、朝日新聞の地方の支局で働いている記者についてのドキュメントがあった。それをたまたま家の近くで見つけてお小遣いで買って“新聞記者って面白いな”と。地方で働く新聞記者、殺人事件を追っかけたり、ライバルの新聞社と特ダネ競争をやったりというのがワクワクして“そうだ、将来、新聞記者になろう”と思っていたんですね」と小学校時代は新聞記者を夢見たという。「それが中学校でちょっと、結局、気象庁の職員になる夢が破れて、大学になったときに“そうだ、自分は新聞記者、地方で働く新聞記者になりたいんだ”って思い出しました。そこで記者の道を選んだと」と話した。

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