【山本譲二 我が道18】年齢もデビューもほぼ一緒 細川たかしとは飲んで遊んで

[ 2026年4月19日 07:00 ]

細川たかしと笑顔で「カンパイ!!」
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 細川たかしは年齢もデビューもほぼ一緒の歌手仲間で、飲み仲間でもあります。もっとも、彼は1975年のデビュー曲「心のこり」から大ヒット。当時、乃木坂の飲食店でスタッフと飲んでいる姿を見ました。とても良い顔で飲んでいて、売れるとはこういうことなんだろうなと思っていました。親密な付き合いが始まったのは自分が「みちのくひとり旅」で売れ、細川が「矢切の渡し」で2度目の日本レコード大賞を獲った83年ごろです。歌番組が多い時代で、テレビ局でしばしば顔を合わせていました。「今度、飲みに行こうよ」があいさつ代わり。それが六本木で実現すると、すぐに家族ぐるみの深い付き合いに発展しました。

 よく彼のマンションにも行って飲みました。「一発目からスターだから凄いよなあ」と言うと「オレだって札幌のクラブを掛け持ちで歌っていて、東京に出て来て勝負しようか、さんざん悩んだよ」としみじみ言っていたことを思い出します。楽しくて元気な前夫人も大切な飲み仲間でした。2人とも、ゴルフもカラオケもうまいし、しょっちゅう一緒に遊んでいました。

 細川はご存じの通り、北海道真狩村の出身。親友の吉幾三は青森県五所川原市の出身です。そして山口県下関出身の自分。飲み歩いているうちに、3人の出身地の1文字目を取って「北青山(ほくせいざん)」と呼ぶようになりました。2人には共通点があります。雪国の出身ですが、ともに明るく楽しい人間です。やたら面倒見が良く、友達を凄く大事にします。だから一緒にいて飽きないし、長年付き合っていられるのでしょう。

 この「北青山」に、やはり仲の良い鳥羽一郎、自分の弟分、小金沢昇司が加わって飲んでいた時「どうせならば、ほかにも歌手を集めて、北青山発足記念の忘年会をやろう」という話になりました。言い出しっぺは鳥羽です。「じゃあ鳥羽、人を集めろや」「おお、分かった」という感じでした。「一体何人ぐらい来るかなあ」「40、50人は来るんじゃない」とどんどん話は盛り上がります。すると細川が男気を出して「オレが全部セッティングするから」と、店の選択から料理などを準備すると宣言しました。

 当日、50人前ぐらいの超豪華な料理がテーブルいっぱいに並びました。しかし、参加者は自分たち以外に2人だけ。どうも、きちんと参加の呼びかけがされていなかったようで「鳥羽に任せた俺たちが悪かった」と反省会となりました。しかし、翌年は伍代夏子さんや藤あや子さん、坂本冬美さんら女性歌手も多数集まり、華やかで大盛会となりました。数年は続いたイベントでしたが、次第に参加者が減少していきました。何でだろうと思っていたら「あんな下品なオヤジたちとの飲み会に行ったらダメよ」という悪評が女性歌手たちの間で広まっていたと、風の噂で聞こえてきました。やはり信用できるのは男の友情だけだと再確認しました。

 ◇山本 譲二(やまもと・じょうじ)本名同じ。1950年(昭25)2月1日生まれ、山口県下関市出身の76歳。早鞆高3年の67年、夏の甲子園出場。74年に「伊達春樹」として「夜霧のあなた」で歌手デビュー。北島三郎に師事し、78年「山本譲二」として再デビュー。80年発売の「みちのくひとり旅」が81年にかけてロングヒット、ミリオンセラーに。NHK「紅白歌合戦」に計14回出場。

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