【Totonoi Sauna&Onsen・山本真輝代表】 数字を知る男が、異国で灯す“ととのい”の熱

[ 2026年4月18日 18:00 ]

Totonoi Sauna&Onsenの山本真輝代表(撮影・三國 友哉)
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 【SAUNANCHU~ととのいの裏方たち~】公認会計士の肩書を持ち、数字と向き合い続けた男がいる。2度の世界一周を経て、タイ・バンコクの一角に立てた「Totonoi Sauna&Onsen」。山本真輝代表が異国の地から届けるのは、数字では決して測れない〝ととのい〟の熱だった。

 熱が、街に満ちていた。常夏のタイ・バンコク。空気は湿気を帯び、肌にまとわりつくように重い。スクンビットの路地を縫うように走るバイクの排気音。屋台から漂う香辛料の香り。どこからか聞こえるタイ語の呼び込み。この街は昼も夜も、熱を持ったまま動き続ける。その喧騒から一本路地に入ると、空気が変わる。竹に囲まれた敷地内に足を踏み入れると、墨で描かれた「整」の一文字がエントランスへと誘う。バンコクのざわめきが、一歩ごとに遠のいていく。扉をくぐれば「究極之整」の掛け軸が目を引き、竹細工の行灯が床を柔らかく照らしている。ここが異国であることを、一瞬忘れる。タイの雑踏の中に、日本の空気が静かに息づいていた。ここが、「Totonoi Sauna&Onsen」だ。

 ■きっかけは会計士で感じた違和感

 早稲田大学を卒業後、公認会計士として監査法人に入った。手堅いキャリアだった。しかし実際働き始めてみて、ある違和感を覚えた。監査の仕事は間接的で、仕事をすればするほどクライアントから疎まれる側面があった。「人の役に立っている実感を得にくかった」と振り返る。もっと直接的に誰かの喜びに触れたい。そう思った山本は、会計士として働きながら週末にタピオカを販売するフードトラックを走らせた。美味しいものを提供し「ありがとう」と言われる直接的な喜びを体験した。一方で心身への負担は大きく、飲食は自分の道ではないとの判断に至る。喜びの手触りは得た。ただ、その場所はまだ見つかっていなかった。

 ■新たな視野をつくった世界2周の経験

 山本には、旅という習慣がある。父の仕事の影響で幼少期の10年間を中国の上海、北京で過ごし、大学時代には米国・シアトルへ留学。社会人になってからも、その衝動は止まらなかった。1度目の世界一周は半年間で35カ国を周遊。帰国してもすぐに、また出たくなった。社会人として3年間働いた後、今度は1年半の予定で30カ国を巡る旅に出た。しかしその計画は、コロナのパンデミックによって突然幕を閉じる。不完全燃焼で終わった旅だったが、インドをはじめ発展途上国での経験が精神的な強さを養った。「多少の問題には動じない耐性がついた」と山本は言う。その耐性が、後にバンコクで経営者として直面する困難を支えることになる。

 ■価値観を変えた聖地・フィンランドの湖

 2度目の世界一周の途中、サウナの聖地・フィンランドを訪れた。ヘルシンキ郊外で体験したのは、本場のスモークサウナだった。外気温はマイナス10度。サウナで全身を温め切った後、凍った湖に飛び込む――「脳天をぶち抜かれたような衝撃だった」。全身の血流が巡る感覚を味わったその瞬間が、サウナ事業への強い動機となった。帰国後、非常勤の会計士として働きながら仲間とテントサウナ事業を立ち上げた。2022年「PRO SAUNNER」を設立し、千葉県一宮町でBBQ&サウナ施設の運営、関東を中心としたサウナイベント事業やグッズ販売へと広げていった。しかし2~3年活動を続ける中で、日本市場の壁が見えてきた。初期投資の大きさ、価格競争の激しさ、規制の多さ。熱量はあったが、数字が合わなかった。

 ■感覚を数字に。タイ・バンコクに決めた“必然”

 海外展開を模索する中で、山本はタイに目を向けた。現地のローカルサウナには活気があった。「雰囲気で言うと、サウナが勃興する前の日本と同じ感覚。さらにタイにはウェルネス文化が元々あって、健康志向の方が多かった」。特に大きな可能性を感じたのが、サウナ後に外気浴スペースで食事ができるという点だ。日本では制度上・慣習上難しいことが、タイでは当たり前にできていた。調査を進めると、スクンビットエリアだけで5~6万人の日本人が暮らしているが、質の高いサウナ施設は一つもない。競合の顧客の2~3割を獲得すれば損益分岐点を超えられると試算した時、その願望は確信に変わった。会計士としての目が、感覚を数字に変えた。人件費と建設費の安さ、法規制の柔軟さ、男女共用施設の実現性。何よりタイは、旅を通じて愛着を持った国だった。「もうやるしかない」。事業としての合理性と、個人としての感情が、タイ・バンコクという土地で一致した。

 ■異なる3つのサウナで「究極の整い」を形に

 2025年1月、「Totonoi Sauna&Onsen」はグランドオープンを迎えた。施設のこだわりは、動線にある。サウナ、水風呂、休憩、食事、マッサージ。それぞれを点ではなく、一本の線として繋ぐ。利用者がいかに「ととのいやすいか」を最優先に設計した。サウナ室は3種類。アウフグースが行われるメインサウナはバンコクでは珍しい3段構造で最大30人を収容できる。特徴的なストーブはフィンランドの「Narvi」社製。山本が直接交渉し現地から輸入した。瞑想サウナは、大阪サウナDESSEから着想を得た自分と向き合う和の空間。極限まで照明を落とした室内で、枯れ木を眺めながら「無」の没入感に浸ることができる。そして、毎日市場から新鮮な7種のハーブを仕入れるタイのハーバルサウナ。日本のサウナ文化と、タイに根付くハーブ文化が一つ屋根の下で交差する。水風呂は18度、12度、2度のアイスバスの3種類。日替わりで楽しめる3つの温泉も備える。サウナを出た後、外気浴をしながら食事をする――日本では難しいその体験が、ここでは当たり前に実現されている。フロントに掛かる「究極之整」の掛け軸、竹細工の行灯、木目調の内装。山本が日本のサウナ施設から学んだ美意識と、タイという土地の豊かさが、この一軒に詰まっている。

 ■数字には出ない「ありがとう」の指標

 経営は一筋縄ではいかない部分もある。異国での事業運営は、文化の違いとの戦いでもあった。現地スタッフとのコミュニケーションや、価値観のすり合わせに当初は戸惑うことも多かった。世界一周で培った精神耐性がなければ、心が折れていたかもしれない。今は現場のルールを丁寧に整備しながら、スタッフとの信頼関係を積み上げている。会計士として培った合理性が、ここでも生きている。それでも山本を動かすのはいつも同じものだった。サウナを「設備」ではなく「過ごし方全体」として設計し、サウナ、温泉、水風呂、食、休憩、会話、滞在時間の接続に意識を向け続ける。「ありがとう」を求めた男が、今バンコクで届けようとしているのも、その延長線上にあるものだ。

 ■日本文化を「逆輸出」――人生という名の旅は続く

 今後の展望は大きい。「日本のサウナの質は世界と比べても圧倒的に高い。それを広めていけたら」。シンガポール、ベトナム、ヨーロッパ。日本のサウナ文化を世界へ「逆輸出」することに面白さを感じている。まずは8月、高層ビルを眺めながらサウナと温泉を楽しめる都市型サウナ「Totonoi Sauna&Onsen Silom」をバンコク・シーロム地区にオープンする予定だ。ただ、山本の視線の先には、もう一つの目標がある。3~4年後にビジネスを落ち着かせ、3度目の世界一周に出ること。旅から始まった物語は、また旅へと向かっていく。「自分にとってサウナは仕事であり癒し。ライフ=サウナと呼べるほど人生に不可欠な存在」と山本は語る。数字を知り尽くした旅人が、異国で灯し続けるのは、やはり熱だった。

 ◆アウフグース(Aufguss)とは ドイツ語で「注ぐ」の意。熱したサウナストーブに水をかけ蒸気を発生させ、アロマを染み込ませた氷などで香りを出し、アウフグースマスターがタオルを使って循環させるパフォーマンス。蒸気によって相対湿度が上がり体感温度が高まることで、発汗や血管拡張を促す。音楽・照明・ストーリー性を取り入れたショーアウフグースもあり、世界大会「Aufguss WM」などの競技大会も開催されている。

 ◇山本 真輝(やまもと・まさき)1992年11月25日生まれ、茨城県出身の33歳。早大学院ー早大商学部。在学中にワシントン大に留学。高校時代は野球部に所属。大学ではキックボクシングを始めた。趣味はムエタイ、ゴルフ、ダイビング、麻雀、バイク。日本語・英語・中国語・タイ語・スペイン語の5カ国語を操る。好きなサウナは赤坂「サウナ東京」、佐賀県「らかんの湯」。行ってみたいサウナは、ドイツ「Therme Erding」、ノルウェー「FjordSauna FLAM」。

 【Totonoi Sauna&Onsen】

・住所:Sukhumvit 32 KhlongTun, Khlong Toey, Bangkok 10110 BTSトンロー駅から徒歩5分

・営業期間:月~土10:00~22:00、日9:00~22:00(最終入館21:00)

・公式HP: https://www.totonoisauna-onsen.com/home-jp/

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