【サウナマスター・佐野まゆ香】世界王者が流した“減点の涙”魅せるSHOWから、届ける表現者へ

[ 2026年3月27日 12:10 ]

サウナマスター・佐野まゆ香
Photo By 提供写真

 【SAUNANCHU~ととのいの裏方たち~】元舞台女優という異色の経歴を持つ、サウナマスターがいる。タオルと香りで空気を操り、人々の心に物語を届ける。「ウェルビー・WAT」所属の佐野まゆ香。日本を飛び出し世界のサウナシーンを渡り歩いてきた彼女が辿り着いたのは、勝つための技術ではなく「心に届ける表現」だった。

 世界大会の決勝。チェコ・アクアパレスのサウナ室に静寂が満ちた瞬間、佐野の頬を涙がつたった。かつて舞台で鍛えた声が、揺れた。植物を駆使しリラクゼーションを追求する祭典「Sauna Herbal Cup」。すべての競技者が演目を終え、残すは佐野のハーバルリチュアルのみ。締めの口上を読み上げる瞬間、何百回とステージに立ち、感情を制御してきたはずの声が震えていた。競技では減点にあたる場面だ。それでもその場にいた誰もが、その光景に心を動かされた。

 「表現する側の精神が不安定になることは、サウナマスターとしてはよくなかったかもしれない。でも歩んできた道は、間違いじゃなかった」。

 もともと立っていたステージはサウナではなかった。舞台女優として、東京近郊の大型テーマパークに勤務。歌と演技で観客に夢を届ける日々を送っていた。舞台で培ったのは技術だけではない。観客の視線を感じる感覚、空間全体のエネルギーを読む力、そして声のコントロール。その経験が後に、サウナ室という小劇場で生きることになる。

 サウナとの出会いは、仕事仲間に誘われて訪れた「舞浜ユーラシア」だった。「水風呂は冷たいし、正直苦手だと思っていた。でもあの体験が私のサウナ人生の始まりでした」。気づけば、すっかり夢中になっていた。コロナ禍で前職を離れた頃「SaunaLab Kanda」で何気なく手に取った雑誌に、“サウナ界のゴッドファーザー”ウェルビー社長・米田行孝氏のインタビューが載っていた。読みながら直感する。「この人なら、私のことを分かってくれるかもしれない」。22年1月、生まれ育った東京を離れ、名古屋へ。新たな舞台での挑戦が始まった。

 入社まもなく「Aufguss Championship Japan(第1回大会)」の開催が決定した。もちろんア
ウフグースは未経験。経験者の黒川優磨とチームを組み「WELLBE AUFGUSS TEAM」として舞台に立った。結果は準優勝。世界大会「Aufguss WM」でも9位。そして翌年、団体優勝。さらに世界大会でアジア人初の頂点に立った。タオルを握ってわずか2年。異例のスピードで世界の頂点に駆け上がった。

 周囲から投げかけられる賞賛の声に、嬉しさと同時に戸惑いも感じていた。「世界チャンピオンを…取ってしまった」。佐野はその出来事をそう振り返る。「勝ち取った」ではなく、「取ってしまった」。チャンピオンという肩書きが先に走り、表現が追いつかない。看板が大きくなるほど、違和感も大きくなっていった。魅せることと、届けること。その二つは、似ているようでどこか違っていた。

 佐野は24年から2年連続で「Sauna Herbal Cup Japan」、キングオブハーバルの称号を獲得。日本王者として臨んだ25年の世界大会「Sauna Herbal Cup」が長く抱えていた違和感の答えになった。厳しい予選を突破し、上位8名の決勝大会進出。ハーバルリチュアルのテーマには、茶道の精神「和敬清寂」を選んだ。「凄くサウナにあっている言葉。サウナでやる意味、植物を扱う意味、対峙するゲストとのつながり。その一つ一つを意識しました」と日本文化の精神性を世界の舞台で表現した。

 チェコの決勝のサウナ室。演目の最後で声が揺れた。かつてなら抑えられたはずの涙。だがその日は、感情を止めなかった。「チャンピオンという言葉を、やっと受け入れられるようになった」。勝つためではなく、“届ける”ために積み重ねてきた時間。総合4位という結果以上に、その経験が何より大きかった。

 現在は舞台ではなく教壇に立っている。「Sauna Master Academy」のアウフグースマスター養成講座の講師として、次世代のサウナマスターを育てている。教えるのは技術だけではない。姿勢、所作、ホスピタリティー。「水があって、熱があって、タオルがある。そこに音楽、アロマが加わって、そのあとにテクニックがついてくる。まずは根本の部分を、改めて一緒に勉強していきたい」。指導者として紡ぐ言葉には、人に“届ける”熱が宿っている。

 「やりたいことは、全てやれた気がする。これからは日本のハーバルをもっと広げていきたい」。涙を流したあの日から──目指すのは魅せることではなく“届ける”こと。その先に何があるのか。サウナマスター・佐野まゆ香に、もう迷いはない。

 ◆Sauna Herbal Cupとは  ハーブなど自然素材を使ったウェルネスとリラクゼーションを追求する競技大会。2015年にチェコで始まり、ハーブの香りや蒸気、温度、所作を組み合わせたサウナ体験の表現力を競う。審査は「ハーバルリチュアル」、「ピーリング」、「プレゼンテーション」の3種目。癒やしの空間づくりや独創性、技術力などが総合評価される。

 ◆アウフグース(Aufguss)とは  ドイツ語で「注ぐ」の意。熱したサウナストーブに水をかけ蒸気を発生させ、アロマを染み込ませた氷などで香りを出し、アウフグースマスターがタオルを使って循環させるパフォーマンス。蒸気によって相対湿度が上がり体感温度が高まることで、発汗や血管拡張を促す。音楽・照明・ストーリー性を取り入れたショーアウフグースもあり、世界大会
「Aufguss WM」などの競技大会も開催されている。

 ◆サウナマスター(Sauna Master)とは  サウナ室の温度や湿度を管理し、ロウリュやアウフグースなどを通じて、安全で快適なサウナ体験を提供する専門人材。アウフグースやウィスキングといった技術だけでなく、サウナ室の空気や所作、文化の継承、後進育成まで含めてサウナ文化を体現する存在とされる。

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