映画監督の長谷川和彦さん死去 80歳 「太陽を盗んだ男」で知られるも40年以上沈黙の“伝説の監督”

[ 2026年2月2日 05:11 ]

亡くなった映画監督の長谷川和彦さん(1977年撮影)

 「青春の殺人者」「太陽を盗んだ男」で知られる映画監督の長谷川和彦(はせがわ・かずひこ)さんが1月31日、多臓器不全のため都内の病院で死去した。80歳。広島県出身。葬儀は近親者で行う。喪主はパートナーで女優の室井滋(むろい・しげる)さん。後日、お別れの会を開く。関係者によると長谷川さんは闘病中だったという。

 長谷川さんは東大在学中、ゼミの講師だった浦山桐郎監督の紹介で、今村昌平監督の助監督に。日活の助監督を経て、1976年に中上健次の「蛇淫」を映画化した「青春の殺人者」で監督デビュー。同年のキネマ旬報ベスト・テンで1位となるなど、驚異の新人監督として一躍脚光を浴びた。

 79年に公開された「太陽を盗んだ男」では沢田研二が原爆を次作する教師を演じた。日本映画離れしたアクションや骨太の物語が高い評価を受けたが、興行的にはふるわず。82年、大森一樹や相米慎二らを巻き込み、映画企画・制作会社「ディレクターズ・カンパニー」を設立。数多くの監督を輩出した。

 自身は「青春の…」「太陽を…」を30代で撮り、常に新作が期待されていたが、次作を撮ることなく40年以上沈黙。“伝説の監督”と呼ばれた。連合赤軍を題材にした映画の企画を念願としていたが、生涯かなうことはなかった。

 22年、東京国際映画祭で上映された高橋伴明監督の「DOOR」の上映で、トークショーに参加したのが最後の公の場所となった。

続きを表示

この記事のフォト

「美脚」特集記事

「中居正広」特集記事

芸能の2026年2月2日のニュース