【藤あや子 我が道6】「ハイティーン・ブギ」の世界そのまま 不良の彼と燃え上がる初恋

[ 2025年12月6日 07:00 ]

19歳の秋、妊娠が分かり結婚しました
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 高校2年の春でした。同級生のお兄さんの藤村隆洋(たかひろ)さんという、学年は3つ上、年齢は2歳年上の人から交際を申し込まれました。隆洋さんは大曲の工業高校に行っていましたが、中退していました。中学3年生の時、役場の前でオートバイの練習をしている彼を見たことがあり、「不良だ」と思っていた人です。「絶対に付き合いません」と即座に断りましたが、1週間ぐらい毎日電話をかけてきました。当時は家の電話しかありません。父親が電話を取ると「いない」と切っていましたが、母親が出ると取り次いでしまいます。「しつこいなあ。分かったから、1回だけ会ってあげる」と答えてしまいました。

 街を流れる桧木内川の土手の散歩が初デートでした。その様子を親友の加奈子ちゃんが見ていたようで「真っ白でピカピカに光っていた」と後で言われました。確かに、私は白いブラウスに白いスカート姿。隆洋さんは白いTシャツに白いジーンズ、白い靴を履いていました。会ってみると、漢(おとこ)でした。色白でスタイルも良く、無駄なことは話さないけど、私を守ってくれるというオーラがありました。周囲の大反対をよそに交際が始まりました。当時、隆洋さんはカワサキの750CCのオートバイ、いわゆるナナハンに乗っていました。髪をポニーテールにした私は後部シートで彼につかまり、田沢湖へツーリングに行きました。当時はやっていた漫画「ハイティーン・ブギ」の世界そのままです。すぐにシャコタンにしたメタリックネービーのセリカ・イチロク(1600GT)が愛車となりました。助手席で、矢沢永吉さんの歌を大音量で聴きながらドライブしました。

 隆洋さんは高校中退後、インテリアのアルバイト生活。ほとんど収入はありませんでした。若気の至りと言えばそれまでですが、周囲が反対すればするほど燃え上がるのが初恋。自分の中では勝手に「ロミオとジュリエット」のヒロインになっていて「不良の彼を、まっとうな人にしてあげたい。それは私しかできない」と心底思い込んでいました。

 硬派不良なので、一応、学校には行きました。テストもグループの中では最も成績が良く、英語の教師に「あの子たちと付き合うのはやめなさい」とアドバイスされました。一番悪い子は私だったのに…。文化祭では、大好きな山口百恵さんの「愛の嵐」をテーマに創作舞踊をプロデュースし、賞ももらいました。下級生の女子に人気となり、卒業式では花束やチョコレートをもらったほどでした。

 高校卒業後は、親の紹介で地元の歯科医院や病院で受付の仕事に就きました。そして19歳の秋、妊娠が分かりました。初恋の人から「どうしても産んでほしい」と言われたら、従うしかありません。当然、両親は大激怒しました。でも若かったので、何も怖いものはありませんでした。もう少し年齢を重ねていたら、違う結論だったのかもしれませんが。慌てて隆洋さんと結婚しました。

 ◇藤 あや子(ふじ・あやこ)1961年(昭36)5月10日生まれ、秋田県角館町(現・仙北市)出身の64歳。民謡歌手として活動後、87年に村勢真奈美の芸名で「ふたり川」でデビュー。89年、藤あや子に芸名を変え「おんな」で再デビュー。92年「こころ酒」で日本有線大賞を受賞、第43回NHK紅白歌合戦に初出場、21回出場している。新曲「想い出づくり」など「小野彩(このさい)」のペンネームで作詞・作曲も行う。

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