仲代達矢さん死去 黒澤明監督と築いた不滅の名シーンの数々

[ 2025年11月11日 12:19 ]

「影武者」主役、勝新太郎の後任に決定した仲代達矢さん(左)と黒澤明監督(1979年撮影)
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 日本を代表する俳優で、文化勲章受章者の仲代達矢(なかだい・たつや、本名仲代元久=なかだい・もとひさ)さんが肺炎のため8日に死去したことが11日、分かった。92歳。東京都出身。世界的な巨匠・黒澤明監督の作品の常連で、日本映画史にさん然と輝く数々の名場面を残した。

 黒澤作品には1961年の「用心棒」から「椿三十郎」「天国と地獄」へと続く重要な役どころで起用され、以後も「影武者」「乱」など晩年の大作にも欠かせない存在として参加した仲代さん。黒澤組で本格的に学んだのは俳優座養成所時代にさかのぼる。駆け出しだった頃「歩くだけ」の役で現場に立った仲代さんに、黒澤監督は何度も「ダメ出し」。午前9時に始まった稽古は午後3時まで続き「俳優座は歩き方も教えないのか」と監督に叱責された。最後にようやく監督が「いいや、OK」と言った瞬間、仲代さんは屈辱と同時に「立派な役者になって、二度と黒澤組には出ないぞ」と決意したという。

 そんな経緯もあって、最初に「用心棒」の話が来た際には一度は固辞したものの、黒澤監督の熱意は強く「なぜ断るんだ」と追いかけられた。結果として2人は名コンビとなり、多くの名作・名場面を生み出すことになる。「椿三十郎」では室戸半兵衛と三船敏郎演じる三十郎との緊迫したにらみ合いと、一瞬の勝負からの血しぶきが観客の記憶に刻まれている。

 「天国と地獄」では独特の品性と抑制の効いた演技で刑事像を築き上げた。黒澤監督から「ヘンリー・フォンダのつもりでやってくれないか」と言われた仲代さんが、生え際を後退させるべく、毎日額を1センチずつ剃っていたというエピソードは有名だ。

 1980年の「影武者」では、撮影開始後に主演の交代という混乱があり、勝新太郎さんの降板後に仲代さんが急きょ主役を引き受けた。泥棒と影武者を演じ分けた仲代さんの演技は、作品全体の人間ドラマ性を高め、名作を支える重要な要素となった。仲代さんは、三船さんという大スターに続く位置で黒澤組に迎えられたことを「俳優としてこんな幸運はない」と語り、師との信頼関係を一生の恩恵と受け止めていた。

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