夢グループ歌手 橋幸夫さん追悼 狩人、保科有里、黒沢年雄ら「すべてが黄金の記憶」

[ 2025年9月6日 14:58 ]

今年5月の「夢グループ20周年記念コンサート」での橋幸夫さん
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 「潮来笠」「いつでも夢を」などの大ヒット曲で知られる歌手の橋幸夫(はし・ゆきお、本名幸男=ゆきお)さんが4日午後11時48分、肺炎のため都内の病院で死去した。82歳。東京都出身。橋さんの所属事務所「夢グループ」の歌手らは、スポニチ本紙に追悼のコメントを寄せた。

 兄弟デュオ「狩人」の加藤久仁彦は「子供の頃に観た、白黒テレビの画面に凄い声援を受けたくさんの紙テープの中で歌う姿も、2番目の兄が橋さんの大ファンでレコードを何枚も持っていたことも、狩人がデビューして間もなく、橋さんとテレビ番組でご一緒した時の感激も、夢コンサートで共演させて頂いたことも、橋さんの唯一無二の歌声も、すべてが黄金の記憶として心に刻まれています。ありがとうございました。どうか安らかにお休みください」とコメント。高道は「憧れの大先輩と、晩年、夢コンサートで、一緒のステージに、立てたことは、本当に宝物です。僕たち後輩は、素晴らしい歌の数々を、歌い継いでいきたいなと、改めて思います」と敬意を表した。

 歌手の保科有里は「夢コンサートで数年前にご一緒し、デュエットに誘っていただきました。キーが高かったのですが、“僕はどんなに落としても大丈夫だから、有里ちゃんに合わせていいよ”とおっしゃったんです。これは、普通だったらありえないようなことなんですが、“やりやすい、やりやすい”とおっしゃってくださって…」と在りし日の思い出を振り返った。「熱海のご自宅にも何度かお邪魔させていただいたこともありました。私は、いつも橋さんの眉毛をメークしていたのですが、ご病気を患ってからも、“有里ちゃん、眉お願いね”と、委ねていただき、気を許してくださっていました。私のアルバムを車で聴いてくれていて、いつも励ましてくれた橋さん。下の者にも優しく、ものすごくすばらしい歌手でした」と語った。

 歌手の平浩二は「橋さんに憧れて歌手になったと言えば過言ではない為、ご本人の橋さんにも常々申しておりまして、晩年には大変よくして頂きました。80を過ぎても変わらぬ歌唱力には、ただただ尊敬の一言で目標でもありました!病になられてからも歌にかける情熱は人一倍でした。夢コンサートでは、最後のコンサートの日まで楽屋が同室でしたので奇しくも色々な話しをしては勇気づけ合いました」と述懐。「橋さんは、あのお年で虫歯が1本もなく甘いものが好きで、良くアイスを食べたがりました!差し入れでのキャンディとかをご自分の歯だけでバリバリと食べて居たのが5月21日の平塚での夢コンサートの日でした!だから、まだまだ頑張っていける!と確信と希望を持って居ましたが6月12日の京都ロームシアターでの夢コンサートではステージに立っているのが精一杯で、私も衣装のポケットに入れて置いたティッシュペーパーで彼の口元から落ちるよだれを拭いてあげながら悲しくなって…それが橋さんとお会いできた最後の日になりました」といい「たいらの名前をらいたーと呼ばれてステージの袖で笑い合って居た日を忘れません」と悼んだ。

 歌手の三善英史は「この度橋幸夫さんの訃報を知りとても残念でなりません 橋幸夫さんの仕事に対する姿勢は全てがお手本でした 沢山勉強させて頂きました 橋幸夫さんの最後のお仕事にご一緒させて頂けた事は誇りに思います。橋幸夫さんお疲れ様でした」としのび、俳優の黒沢年雄も、訃報に際し「心からお悔やみ申し上げます」としのんだ。

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