中村繁之 デビューがグリコ・森永事件の影響で延期になっていた! 40年前の秘話明かす ファンも驚き

[ 2025年7月18日 07:35 ]

デビュー40周年記念ライブを行った中村繁之
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俳優の中村繁之(57)がデビューが社会的大事件の影響を受けて遅れていたという40年前の秘話を明かした。

 デビュー40周年記念スペシャルナイトライブを12日に東京・四谷のライブハウス「Honey Burst」で開催。スタートから1986年のオリジナルアルバム「Shi-GE」収録曲「センチメンタル0番地」、1985年7月24日発売のデビュー曲「Do ファッション」を歌い終えた後、最初のMCで激白した。

 「“Do ファッション”でデビューしてますけど、本当はね、1曲目に歌った“センチメンタル0番地”。あれが最初にデビュー曲の候補で来たんです。本当は1985年4月21日がデビュー日と決まっていたんだけれど、そのころ、グリコ・森永事件が起きていて、
僕がバーモントカレーのCMが決まってソロデビューが決まったので、当時は食品関係ということで、ちょっとタイミングが悪いってことでデビューをずらすことになったんです。そして、さらに良い曲を探しましょうということで“Do ファッション”になりました」

 これには満員の客席からも「えー、そうだったの?」「本当は4月だったんだ!」と驚きの声が上がった。

 1985年はアイドル全盛期。同年デビュー同期の浅香唯、森口博子、芳本美代子、松本典子、網浜直子からの祝福メッセージも届いた。中村は当時の思い出話も披露。

 軽々と披露していたバック転について「昔はね、結構いい年齢までやっていたんですけど、だんだんやってるうちに、1回やるともうパパパパパッて星がパーンッて出るの(笑い)」と振り返り「だから、やれって言われても無理。“ぐるぐるバット”ってあるでしょ? あれに近い(笑い)。昔は甲子園のバックスクリーンからホームベースまでバック転で爆走したことあるんですよ!あの頃はちゃんと立ててたけど、今はもう1回やったら“ぐるぐるバット状態”ですよ(笑い)。
だから今はやりません」と明るく語って、もり上げた。

 今後については「50もね、58に近づいてきたから…レベルがね、レベル“58”に近づいてるってことなんです。
ここから45周年に向けて、どれだけ“ボケずに”キープしていけるかがテーマですね。ひとつ、皆さんよろしくお願いします」と“目標”をユーモアを交えながら語った。

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