萩本欽一 実は司会を辞めたかった人気番組ぶっちゃけ「クビになることねえかなと思って」

[ 2025年6月10日 18:28 ]

萩本欽一
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 コメディアンの萩本欽一(84)が9日深夜放送のTOKYO FM「TOKYO SPEAKEASY」(月~木曜深夜1・00)に出演。司会を辞めたかった番組を明かした。

 この日はタレントの勝俣州和とともに出演。鍵本が「テレビで大事なのはやっぱり勇気、それから元気。『スター誕生!』なんか司会やってて、俺は司会やりたくないなと思って」と昭和の大人気スター発掘番組について触れた。

 勝俣が「だって司会が一番嫌だったのに司会しか来なかったんですよね」と話すと、萩本は「辞めたいだと、生意気だろ?だから俺はクビになることねえかなと思ってさ、一番嫌がる事やってやろうと思って。で、アドリブで“みんなつまんないね。客席の子供も上がってこい”ってやっちゃったんだよ。なんとなく会場から俺発掘したいなと思ってさ。なんか、お笑いのやつを発掘したいと思ったんだよ。そしたら上がって来たの。で、番組終わったの」と明かした。

 「そしたらプロデューサーが“誰だこんなことしたの!”って。(作家の名前呼んで】“どこいったんだあいつは!”って叫んでるから、俺が“あれやったの、俺!”って言ったら“大将だったの?”って」と萩本。「俺、“すいません、やっちゃいけないことやっちゃって。すいません。責任取ります。じゃあ、今日で終わらせていただきます”って。“本当に申し訳ないことしました”って言ったら、ディレクターがおかしかったね、“大将。これはいくよ、やんな、やんな”って。“いや、やんなってやんなくていいんじゃないの?”って。“ダメダメ、こんなおもしろいこと。いいね、勇気あるね”って。違う方向に行っちゃった」と思わぬ方向に話が進んでしまったという。

 「ふっと気がついたら、長い事やってんの」と苦笑いを浮かべた。

 萩本は1971年10月から1980年4月まで初代司会者として9年間司会を務めた。その間には、森昌子、桜田淳子、山口百恵、ピンク・レディーら数々の大スターが誕生している。

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