はにかみに募った不快感の行方 「でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男」

[ 2025年6月6日 10:34 ]

「でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男」(C)2007 福田ますみ/新潮社(C)2025「でっちあげ」製作委員会
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 【映画コラム・CINEMA INFINITY】「でっちあげ ~殺人教師と呼ばれた男」(6月27日公開)

 小学4年生の男児が校舎の屋上から今まさに身を乗り出そうとしている。「生きてる価値はないから、死んだ方がいいかも」。このセリフ、男児自身のものではない。

 日本初の教師による生徒へのいじめとして2003年に認定され、「殺人教師」と報道された事件のルポルタージュ作品の映画化。担任が男児に対し、こう語り掛けるシーンから作品は始まる。

 小学校教師・藪下誠一を綾野剛、男児の母・氷室律子を柴咲コウ。氷室の告発により、藪下の行為が週刊誌に顔写真入りで実名報道される。自宅へマスコミが押し寄せ、騒ぎになった学校の保護者会では穏便に収めたい校長らの強要により、体罰を認めて謝罪してしまう。

 あんな上司、確かにいそうではあるが、職業的にはもちろん、肉体的そして精神的危機を迎えても違うなら違うと反論せず、体裁をつくろう藪下のはにかみに逆に不快感が募る。この時点では、校長らと同種の人間なのだ。

 そして、ここからだ。このまま終わってはルポルタージュにも映画にもならない。作中の視点は冒頭の氷室側から藪下側へ移っていく。

 中年オヤジが目を覚ます。全ては事実無根だと主張する。氷室側についた550人もの大弁護団に対し、藪下は弁護人探しにも苦心。見どころとなる法廷シーンで、被告席に座る藪下の背後から差す光が物語を暗示する。

 行為は一つでも、見る場所や立場によって違う出来事のように受け止められることってある。人はそれぞれの主観で生きている。その効果を活用し、作品に厚みを加えた。

 エンドロールまで見て気づく。2時間9分あるとは思わなかった。T・ジョイ梅田他で公開。(筒崎 嘉一)

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