菊川怜 小倉智昭さんお別れの会で号泣「“怜ちゃん、大丈夫だよ”って…支えに頑張っていきたい」

[ 2025年3月17日 18:00 ]

お別れの会に出席した菊川怜
Photo By 代表撮影

 昨年12月に膀胱(ぼうこう)がんのため亡くなったキャスターの小倉智昭さん(享年77)のお別れの会が17日、東京都港区のブルーノート東京で行われた。700名を超える関係者が参列した。会に参列した女優の菊川怜(47)が涙ながらに報道陣の取材に応じた。

 菊川は2012年にフジテレビ朝の情報番組「情報プレゼンター とくダネ!」のサブ司会に就任。17年に番組を卒業するまで5年間コンビを組んだ。番組を卒業した後も親交は続いた。

 菊川は小倉さんとの最後の会話について、「11月17日くらいに電話した。その時は私のことを心配して電話してくれた。その時はお元気そうな声だった」と告白。「12月に亡くなったと『とくダネ!』のLINEグループで午前3時くらいに連絡が入った。私は朝起きて見たんですけど、この日がきちゃったんだなって感じた。ショックで。こないだまで一緒に話していたのに亡くなってしまったんだなって悲しかったです」と悲しみをあらわにした。

 「もっとその時にすごさに気づいていたかった。終わった後とかこうしてみて小倉さんがどれだけ皆さんに愛されていたか、目的意識を持って伝えていたか、情熱や使命感を持って仕事をされていたんだなって深さがあったことにどんどん気づいていく。その側に一緒にいることができて、その経験は今でも残っているから、ずっとずっと掘り起こして辿っていける。私の糧。今後も仕事をしていく上で支えてくれるものだなと感謝しています」と感慨深げに語った。

 小倉さんにかけられた言葉で思い出深いものを聞かれると、「小倉さんが病気で辛い時に私も辛いことがあって…」と声を詰まらせた。「小倉さんは最後まで私を心配してくれた。甘えちゃったなって思っている。“前向きにやっていけるか分からない”って言った時に“怜ちゃん、大丈夫だよ、大丈夫だよ”って声をかけてくれて元気づけてくれた。小倉さんの方が本当は大変な時なのに本当に心配して支えてくれました」と感謝した。

 「これだけ仕事で関わった方でこれだけの距離感の近さで接してもらったのは小倉さんだけです。かけがえのない時間だったなって思う。もう戻ってこない時間だけどいつまでも胸の中には残っている」と涙ぐんだ。

 どんな存在かを聞かれると、「近すぎて私の世界にいる人。常に側にいる得体の知れない感じ。人生の。ずっと毎日隣に座っていたし、過ごす時間が長くなってくると家族みたいになってくる。空気がそうなってくる感じがありました」と振り返った。

 最後に「小倉さん、本当にありがとうございます。みんな順番なのでいつかは会えると思うので、それまで好きなことをやって向こうでお仲間を作って楽しく過ごしてください。こっちはまだ小倉さんの小倉イズムが残った人がこの世界で頑張っていますので、みんな仲良く元気にお仕事できるようにどうかどうか見守ってください。小倉さんに最後かけてもらった言葉を忘れないように前向きに前に進んで、本当にその言葉を支えに頑張っていきたいと思います」と天国の小倉さんにメッセージを送った。

 小倉さんは1970年に東京12チャンネル(現テレビ東京)に入社。競馬実況などで活躍する姿が故大橋巨泉さんの目に留まり、スカウトされる形で76年にフリー転身。99年から21年までフジ「とくダネ!」の総合司会を担当し、歯切れのいい司会ぶりでお茶の間で人気を博した。晩年はがん闘病が続いた。16年5月に膀胱がんを公表。18年に全摘手術を受けた。その後、21年秋に肺転移が見つかり、23年には腎盂(じんう)がんと診断され、左の腎臓の全摘手術を受けた。

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