古舘伊知郎 中尾彬さんが大事にした言葉の数々「色紙によく書かれるんですよ」 その人生訓とは

[ 2024年5月22日 14:52 ]

古舘伊知郎
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 フリーアナウンサー古舘伊知郎(69)が22日、TBS系「ゴゴスマ~GO GO!smile~」(月~金曜後1・55)に生出演し、心不全のため16日に死去した俳優の中尾彬(なかお・あきら)さん(享年81)の生前の言葉について明かした。

 中尾さんは古舘も在籍する古舘プロジェクト所属。人生の先輩として、さまざまなことを教わったという。

 その中の一つが、中尾さんがよくサインにしたためていた言葉だったという。「有名な言葉ですけど、“遊びをせんとや生まれけむ”というのを色紙によく書かれるんですよ」と振り返った。「遊びをしようとしてこの世に生まれてきた」という意味の古語で、古舘は「遊びというのはいろんな解釈が成り立ちますよ。“人生は基本的に無目的で、生まれて来たら遊ぶんだ。仕事も遊びなんだ。真剣に遊ぶんだ”と僕はとらえている。それは中尾さんからいろいろ教わる中で、強烈に覚えてますね」としみじみ振り返った。

 中尾さんの妻で女優の池波志乃は落語家の家系。そのせいか、中尾さんは時々、落語の香りが漂う言葉遣いをすることがあったという。中尾さんや落語家の故・立川談志さん、放送作家でタレントの高田文夫らと酒席をともにすることがあったという古舘。「談志さんと掛け合うんですよ。完全、落語の世界に入るんですよ。談志さんがちゃめっ気で毒づいたりすると、中尾さんが“あかってるよ”って言うんです。“分かってる”じゃない。“あ”なんです。これが、落語の香りがしてくるわけです」と振り返った。

 そんな中尾さんの言葉を、談志さんが解説してくれたという。「“分かってるよじゃ、古舘、ダメなんだよ。こういうカジュアルトークの場合は、あかってるというのが江戸弁の風情ってもんでな”って。この2人の掛け合いを思い出しました」と懐かしそうに語っていた。

 中尾さんは、高校卒業後の1961年に武蔵野美術大学油絵学科に入学。翌62年に日活ニューフェースの第5期に合格し、映画デビューを果たすが、画家の道を捨てきれずに大学を中退してフランスに留学したこともあった。帰国後の63年に劇団民藝に研究生として入団し、翌65年に中平康監督の「月曜日のユカ」で主演の加賀まりこのボーイフレンドを好演して注目を集めた。70年に日活と民藝を離れてフリーに転身。75年に「本陣殺人事件」で金田一耕助役で主役を張ったほか、東映「極道の妻たち」シリーズ、東宝「ゴジラ」シリーズ、伊丹十三監督の「ミンボーの女」、さらには「アウトレイジ ビヨンド」や「龍三と七人の子分たち」など北野武監督の作品に重用され、コワモテから気の良い親分まで変幻自在に演じ分けて貫録を示した。ドラマではテレビ朝日「暴れん坊将軍」の初代徳川宗春役やNHK土曜ドラマ「ハゲタカ」などで存在感を示した。

 おしゃれとしても知られ、マフラーやスカーフを首元からぐるぐる巻きにする“ねじねじ”がトレードマークだった。

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