日高正人の「やじろべえ」 世界戦臨む渕上“援護”

[ 2012年5月7日 06:00 ]

2011年12月、東洋太平洋ミドル級タイトルマッチに挑戦する直前の淵上誠(左)を激励した日高正人

 プロボクシングのWBA世界ミドル級タイトルマッチ(12日、ウクライナ)に挑む淵上誠(28)が異色の入場曲で勝利を呼ぶ。同じ鹿児島出身で肉体労働者から歌手に転身した苦労人、日高正人(68)の「やじろべえ」で、07年秋に入場曲にしてから連戦連勝。日高は世界戦のリング上でも歌う予定で「歌が後押しになって奇跡を起こしてほしい」と勝利を祈っている。

 2人は07年に知人の紹介で出会った。淵上は高校卒業後、鹿児島県阿久根市から上京して日野自動車に就職。完成したトラックの傷などを探す検査員として働きながら、就業後に会社に内緒でボクシングジムに通い、世界を目指してきた。

 一方、日高は同じ鹿児島の屋久島から20歳のころに上京。肉体労働者として働きながら大好きな歌のレッスンを積み、26歳で歌手デビュー。すぐには芽が出ず、さらに1年ほど肉体労働を続けた苦労人。そんな2人は会ったその日に意気投合。日高の代表曲「やじろべえ」を聴いた淵上は「リングで戦う気持ちを高めてくれる」と気に入り、試合の入場曲にすることにした。

 ♪わき目もふらず 振り向きもせず ただひたむきに 生きてきた――で始まる人生の応援歌。それまで7勝5敗だった淵上が、07年11月の試合で同曲を入場曲にしてからは一気に3連勝。09年の日本タイトル戦で惜敗したものの、翌10年3月にリベンジを果たし現在は東洋太平洋ミドル級王者。通算25戦19勝(10KO)6敗で、同曲を使ってからは12勝(9KO)1敗。現在9連勝中と絶好調だ。

 日高は83年、当時ヒット曲が1つもないのに日本武道館公演に挑戦し、自分で手売りしながら客席を満員にしたことで「無名のスーパースター」と呼ばれた異色の歌手。肉体労働で鍛えた怪力で現役時代の横綱大乃国(現芝田山親方)を持ち上げた逸話もある。「やじろべえ」は06年に団塊世代の応援歌として作った歌だが、40歳年下のプロボクサーの胸に響いたことに「この歌が持つ力をあらためて感じました」と感激している。

 世界戦の相手は、04年アテネ五輪の銀メダリストで通算22戦全勝(19KO)の無敵の王者ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)。試合前にリング上で歌う予定の日高は「夢を諦めないでほしいという思いを込めて歌いたい。勝つことを信じています!」と、こちらも歌の“こぶし”に力が入っている。

 ◆日高 正人(ひだか・まさと)本名日高正仁。1943年(昭18)9月18日、鹿児島県屋久島生まれ。70年7月「鹿児島の雨にぬれて」で歌手デビュー。72年、日本テレビ「全日本歌謡選手権」で10週勝ち抜き、脚光を浴びる。NHK朝の連続テレビ小説「まんてん」に出演するなど俳優としても活躍している。

 やじろべえ
 作詞 たきのえいじ
 作曲 都志見隆
 わき目もふらず 振り向きもせず ただひたむきに 生きてきた
 時には時代に逆らいながら 泥水浴びたこともある
 電車の窓に 己の顔が 照れ臭そうに 映ってる
 これからどうする まだ道半ば 心を叱る声がする
 生きて人生 やじろべえ ひと息つくには まだ早い
 叶(かな)う 叶わぬ そのまた夢を 追っていこうか 人知れず
 ※1番の歌詞のみ

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