欽ちゃん「友達辞めます。先生ありがとう」

[ 2009年5月21日 06:00 ]

弔辞を読む萩本欽一

 11日に下咽頭(いんとう)がんのため64歳で死去した作曲家の三木たかしさんの葬儀・告別式が19日、東京・港区芝公園の増上寺で営まれた。歌手の五木ひろし(61)ら約700人が参列。友人代表で弔辞を読んだタレントの萩本欽一(68)は「きょうで友達辞めます。三木先生、ずーっとありがとう!」と友情以上の尊敬の念と感謝の思いを伝えた。

 ピアノにほおづえをつく三木さんの遺影に向かい、欽ちゃんは優しく語り掛けた。「三木さんを友達だと思ったのは本当は最近です」。友人代表の予想外の言葉に参列者は息をのんだ。
 「友達?」と感じたのは4年前、三木さんの紫綬褒章のパーティーに招かれた時。「絶対来てね。来ないとダメだからね。その言葉が友達のようでした」と振り返り「きょうで友達辞めます」と宣言。「以前のような気持ちに戻りたいと思います。三木先生、ずーっとありがとうございました」と言い、遺影に深く頭を下げた。
 まるで距離を置こうとする異例の弔辞。だが、その言葉の裏には萩本が“ずーっと”言いたかったのに、三木さんが許してくれなかった“2つの禁句”があった。
 出会いは70年代。日本テレビ「スター誕生!」の司会者と審査員。その後、80年代前半にテレビ朝日「欽ちゃんのどこまでやるの!?」で、萩本が女性ユニット「わらべ」の曲を三木さんに依頼。「めだかの兄妹」「もしも明日が…」という大ヒット曲が誕生した。
 その時「先生、いい曲ありがとうね!」と感謝の思いを伝えると、三木さんは怒ったという。理由は「先生」「ありがとう」の2つの言葉。「オレの方がありがとうなんだからそれを言わないで」との思いだった。
 葬儀終了後、萩本は「正直きょうは友人代表って言われてとてもうれしかった」と明かした上で「でもきょう知ってる曲が何曲も流れた時、やっぱり友達じゃないやと。偉大すぎてやっぱり“三木先生”だよ。きょうやっと“三木先生、ありがとう”って言えたよ」とほほ笑んだ。
 出棺時に「みずいろの手紙」、最後の別れで「思秋期」と三木さんの名作11曲が弦楽器の生演奏でレクイエムとなって流れた。棺を閉じる際、三木さんの妹の黛ジュン(60)と悲しみに手を震わせた恵理子夫人(30)は「最後までとても温かく優しい人でした」とあいさつ。別れを惜しむように位牌を胸でしっかりと抱いていた。

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