【内田雅也の追球】少年と甲子園の奇跡

[ 2026年5月21日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神8─7中日 ( 2026年5月20日    甲子園 )

8回、佐藤輝は右前打を放つ
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 「野球は8―7が一番面白い」というアメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトの有名な言葉がある。0―7から8―7という、大の付く逆転劇は相当だ。阪神の反発力とあきらめない不屈の姿勢に感じ入った。

 この夜、記者席のすぐ後方で懸命に応援する小学校1、2年生とおぼしき男の子がいた。0―4でも0―7になっても甲高い大声で選手の名前を連呼していた。彼は信じていた。大好きな阪神の選手たちはあきらめないことを知っていた。

 野球好きで知られたピュリツァー賞作家ジョン・アップダイクがエッセー『ボストン・ファン、キッドにさよなら』で書いていた。「キッド」とは少年らしさを持ち合わせていたテッド・ウィリアムズの愛称だ。<すべての野球ファンは奇跡を信じる。問題はいくつまで(奇跡を)信じることができるかである>。

 少年は奇跡を信じることができる。そして0―7の7回裏攻撃前にジェット風船を上げても席を立たなかった多くのファンも信じていた。
 逆転への扉を開けたのは佐藤輝明が選んだ四球である。7回裏先頭、中日先発の左腕カイル・マラーからこの夜初めて奪った四球だった。大量ビハインドでも雑にならず、丁寧に見極めた。4番打者が出塁にかけた姿勢が一丸を象徴している。途中出場の坂本誠志郎、代打の嶋村麟士朗、中野拓夢の3者連続適時打で4点を返した。

 8回表1死満塁のピンチで桐敷拓馬にそそがれた応援に監督・藤川球児は「球場が一体となってゲームを作ってくれた」と話した。無失点でしのいだ時、藤川と同じ予感を抱いた。

 8回裏先頭も佐藤輝だった。清水達也のカーブを力まずにミートし、右前打で出た。強振せず出塁を意識していたかのようだ。再び坂本、代打・木浪聖也の連続適時打で同点となり実を結んだ。

 最後は9回裏、森下翔太のサヨナラ本塁打で決着をつけたが、それまで放った12安打はすべて単打だった。7、8回裏には10本の単打で7点差を追いついたのだ。この単打を連ねた打線にチーム一丸が見えるようだ。

 劇的勝利にグラウンドで少年たちが跳びはねていた。『六甲おろし』を歌う、あの少年を見た。胸を張り、目が輝いていた。藤川はファンが「作り出してくださって」と感謝した。甲子園が一体となった奇跡だった。=敬称略=(編集委員)

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