岡本伊三美さん悼む 「いまも謎や」73年阪神コーチ時代最終戦V逸の歴史的証言者

[ 2026年4月21日 05:05 ]

阪神コーチ時代の岡本氏
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 岡本さんは「いまも謎や」と話していた。阪神で打撃コーチの73年、残り2試合で「勝つか引き分けで優勝」のマジック1としていた。

 名古屋での中日戦前日の10月19日、定宿「美そ乃旅館」でのコーチ会議は先発投手で紛糾した。エース江夏豊か、同年中日に8勝1敗と強い上田次朗か。岡本さんは「親分に聞いてみましょうか」と提案し恩師・鶴岡一人に電話した。「上田でいき、勝てそうなら江夏を投入する。負けそうなら江夏を温存し最終戦で勝負する」。この案を金田正泰監督も承諾、落着した。

 20日試合前、岡本さんがメンバー交換に向かい、審判員が両軍先発を読み上げていく。9番に江夏の名を見つけた岡本さんは「ちょっと待って」と、あわててベンチに引き返し金田監督に「違ってますよ」と伝えると「それでええ。責任はわしが取る」と言った。

 試合は江夏が打たれて敗れた。22日、ともに最終戦で「勝った方が優勝」の巨人戦(甲子園)は惨敗で巨人V9達成。球場周辺で騷ぐ阪神ファンに金田監督は謝罪した。

 江夏が著書で19日に阪神球団幹部から「勝たんでいい」と言われたと暴露した。真相は不明だが、岡本さんは貴重な証言者だった。

 入社2年目の86年に担当した近鉄の監督だった。サイパンキャンプ休日、ビーチで「あの女の子たちを呼んでこいよ」。

 試合が雨天中止となり、大阪・帝塚山の自宅を訪ねると人気テニス選手の次女・久美子さんがいて「おい、ビールを注いでやれ」。

 遠征先・金沢で大雨のなか、クラブに誘われた。居合わせた羽田耕一も一緒に朝まで飲んで店の外に出ると朝日がまぶしい。何と晴れていた。同日ナイターで羽田が代打決勝弾を放ち、笑い合った。

 そんな交流もあり、86年、残り1試合で優勝を逃した試合後会見では涙が止まらずスコアブックがぬれた。

 気さくでやさしく情に厚い。さすがは鶴岡一家の番頭役だった。テスト入団からはい上がり主将を務めた。宿願の打倒巨人を果たした御堂筋パレード。出発前の大阪球場で鶴岡から懐に隠した位牌(いはい)を見せられた。一周忌を終えた先妻・文子で、再婚した一子から渡された。「誰にも言うなよ」と親分の信頼を得ていた。

 監督退任後、「原稿用紙をくれんか」と頼まれ、大量に渡した。自身の半生をつづった文章は2冊の著書となった。タイトルの「いま全力」は監督時代の球団常務・梶本豊治の励ましの言葉で座右の銘。「岡本、少しは野球面白うなってきたか」は鶴岡のほめ言葉だった。今ごろ、天国で「やっと来たか」と言う親分と再会を喜んでいよう。合掌。 =一部敬称略= (編集委員・内田 雅也)

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