ロッテの逆襲シーズン支える藤田涼太郎、父から子へと受け継がれる「マリーンズ愛」

[ 2026年3月4日 08:00 ]

ロッテ打撃投手の藤田涼太郎(撮影・篠原岳夫)
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 最下位からの逆襲を目指すロッテは、サブロー監督の掲げる“昭和流”のキャンプを経て、オープン戦に臨んでいる。徹底的にバットを振り込んだ野手陣を裏方として支える打撃投手には新たなメンバーも加わった。藤田涼太郎打撃投手もその一人。26歳の左腕だ。

 長く熱烈にロッテを応援してきたファンなら藤田姓の左腕でピン!とくるかもしれない。父・宗一氏はかつて「YFK」の一人としてロッテの勝利の方程式の一角を担った左腕。薮田安彦氏、小林雅英氏とともに05年のリーグ優勝、そして日本一に貢献した。

 当時6歳だった藤田打撃投手は、小学校に入学すると間もなく自然と野球を始めた。夢はもちろん父のようなプロ野球選手になること。中3から本格的に投手となり、浜松修学舎、愛知工大で野球を続け、卒業後は信越硬式野球クラブでプレー。24~25年はBCリーグ福島に所属した。中学時代には「あの藤田の息子」という呼び方もされたが、高校では「ノビノビやらせてもらった」という。「父は父、自分は自分という感じだった」と割り切っており「お父さんがプロだから自分もうまくないといけないとかはあまりなかった」と重圧に感じることはなかったという。

 ただ、子供のころに思い描いたプロ野球選手という夢への“壁”は高かった。昨シーズン前に「球も速くないし、プロ(NPB)を諦めて、BCで1年しっかりやろう」と決意。「まだ現役やりたいな…というのもあったんですけど、去年の成績で自分の中でも満足してた部分もあったので」と区切りを付けた。そこに舞い込んだのがロッテの打撃投手の話だった。

 マリーンズ・ベースボールアカデミー(MBA)でテクニカルコーチを務める父から「左のバッティングピッチャーが少ないらしいぞ」と聞き、11月にテストを受けて合格。選手ではないが、父と同じユニホームを着ることになった。

 「いつか同じチームでやりたいなと思っていたので。裏方として同じチームでやらせていただくことになって、そこはうれしいです」

 これまでは打者をいかに打ち取るかを考えてきたが、今は打者を輝かせることが仕事。「まだ探り探りで投げています。どれくらいのスピードで、バッターによって打ちやすい、打ちにくいがあると思うので、本当に探り探りですね」。慣れない環境の中で試行錯誤を続けている。父から贈られた「やるからにはしっかりやれよ」という短くも重い言葉を胸に刻み腕を振る。役割は違えど「チームの勝利のために」という思いは同じ。その左腕に込められた「マリーンズ愛」は、確かに父から子へと受け継がれている。(ロッテ担当・大内 辰祐)

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