阪神育成ドラ2・山崎照英 ソフトバンク・周東佑京との出会いがプロ入りの原動力に

[ 2025年12月31日 05:15 ]

【阪神】連載 幼少期の山崎照英(家族提供)
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 【アニバーサリーの鼓動】阪神が今秋のドラフト会議で指名した7選手が歩んできた足跡をたどる連載「アニバーサリーの鼓動」最終回は、育成ドラフト指名選手を紹介する。同2位の山崎照英外野手(23=関西・兵庫)は、NPBのスピードスターに感化され、独立リーグでのアピールが結実した。

 NPBとは無縁だと思っていた野球人生。照英の運命を大きく変えたのが、ソフトバンク・周東との出会いだった。

 「そんなに教えてもらったわけじゃないけど憧れの人と一緒に練習できて、その人と同じ舞台に立ってプレーしたいと思いました」

 九州文化学園(長崎)から関西独立リーグの兵庫ブレイバーズに進んで3年目。23年のオフに宮崎県で行われた周東の自主トレに参加した。わずか3日間でも濃密な時間となった。快足を生かすプレースタイルは照英と同じだが、「僕らとは全然違う」と大きな差を実感。多くの言葉は交わさなくても、育成選手からはい上がり、盗塁王に4度輝いた周東の背中から学ぶものは計り知れなかった。

 モチベーションに火がつき、プロ入りを本気で目指して野球漬けの日々を送った。以前は「憧れてはいたけど、レベルが高いし…諦めてたというか無理だろうと思っていた」と弱気だった心を改めた。誰よりも早くからグラウンドへ向かい、黙々と朝練に励んだ。全体練習後はジムで汗を流すと、アルバイトへ直行。帰宅後はいつも日付が変わっていた。

 独立リーグ5年目の今夏、再び野球人生の岐路が訪れた。8月上旬に行われた山川和大監督との面談時点で、12球団からの調査書はゼロ。「野球を辞めるつもりだった」とプロへの道は半ば閉ざされかけていた。しかし、同月末に初めて阪神のスカウトが視察に訪れ、念願の調査書を受け取った。「ここからは死ぬ気でアピールして頑張ろうと思った」。閉まりかけた扉から、少しの光が差し込んだ。

 幼いころからやんちゃで、宿題をやらず母・みゆきさんが学校に呼び出されることもしばしば…。独立リーグへ進んだ理由のひとつも「勉強をしたくなくて(笑い)」と、勉強は大の苦手だった。

 「結構悪ガキだった」と振り返る幼少期から、誰よりも足が速かった。運動会のリレーでは毎年アンカーに選ばれた。やんちゃな日々を振り返り、「先生たちには本当に迷惑をかけた。でも、いつも逃げ回っていたおかげで足が速くなりました」と笑い飛ばした。

 運動だけでなく、料理好きという一面もあった。それが九州文化学園を選んだ理由の一つで、同校にある食物調理科で栄養学を学んだ。小さい時からローストビーフなど父と手の込んだ料理を作るのが大好き。卒業時には調理師免許を取得した。得意料理は肉じゃが。独立リーグ時代も栄養バランスを考えながら自炊を続けてきた。

 地道な努力を、野球の神様は見ていた。50メートル走5秒8の快足を武器に、関西独立リーグでは24、25年に盗塁王を獲得。紆余(うよ)曲折がありながらも、その存在はスカウトの目に留まった。

 「甲子園は憧れの場所。絶対にプレーしたいと思っていた」
 一日でも早く支配下をつかみ取り、聖地を駆け抜ける。 (山手 あかり)

 ◇山崎 照英(やまさき・しょうえい)2002年(平14)12月1日生まれ、長崎県出身の23歳。九州文化学園では甲子園出場なし。21年から関西独立リーグ・兵庫でプレー。50メートル走5秒8の快足で、同リーグでは24年に出場40試合で74盗塁、今季は47試合で51盗塁し2年連続でタイトル。1メートル74、67キロ。右投げ左打ち。

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